2017-12-23 06:34 | カテゴリ:未分類
 
   以下に示すのは、現在双葉町の、住民が避難して耕作放棄している水田に繁茂するセイタカアワダチソウの群落から、ためしに頭のほうから40センチばかりを切り取ったものである(図1)。
 
  実験室に持ち帰って、ガイガーカウンターで表面を軽くサーベイしても、毎分443カウントという異常に高い値であった。
         
  水田土壌の表面の土をえぐり取る除染をしないと、原発事故6年半たっても強度に内部汚染が続いているということである(図2、図3、表1)。
 
  この放射線像には一切外部被ばくが認められないので、全身の放射能はすべて根から吸収されて移行して来たものである。
  
  葉ばかりでなく花器も激しく内部被ばく汚染していることがわかる。
    
   


       

 
スライド1 
 
 図1.原発事故6年半後のセイタカアワダチソウ (双葉町)


 

 
スライド2 
 図2.図1のオートラジオグラフ
 
   

 
 
スライド3 


図3.図2のネガテイブ画像
 
   

   
 
 表1.セイタカアワダチソウの放射能
 
セイタカアワダチソウの放射能jpeg 
 
 
 
(森敏)
追記: 双葉町の除染が始まった。
   

復興拠点の整備へ、除染を開始 全町避難続く福島・双葉町

20171225 1202

 

 環境省は25日、東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限されている福島県双葉町の帰還困難区域で、住民が再び住めるようにする「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)の整備に向け、除染と建物解体の工事を始めた。

 政府が認定した復興拠点の整備計画に基づく初の除染作業となる。県内7市町村に残る帰還困難区域の復興への第一歩だが、住民の帰還目標は「2022年春ごろまで」とまだ遠い。

 今回の工事は来年7月までの予定で、JR双葉駅周辺の約7ヘクタールで表土のはぎ取りや草刈りなどの除染と、約55軒の住宅や公共施設を解体。今後、範囲を徐々に広げる。

(共同)

2017-12-19 06:21 | カテゴリ:未分類

      浪江町の「希望の牧場」では、これまで300頭以上いた放射能被ばく牛が、現在292頭となった。牧場主の吉沢さんが 以下のホームページで、約15分間の独自インタビューを発信している。

http://blog.goo.ne.jp/kibouno-bokujyou/e/596fcda2845634d1c338c78ee2f99c32?t=1&cn=ZmxleGlibGVfcmVjc18y&refsrc=email&iid=811f02bbbe3d434aa399767f578c99ff&uid=758912752404410368&nid=244+289476616

      
      原発事故後延々と苦悩してきた体験からくる、考え考えながら語る言葉のなかに、感動的な言葉がちりばめられている。以下に一例をあげる。

 

・牛たちは仲間であり友達です

 

・「原発さよなら」をこの「希望の牧場」から発信し続ける

 

・命を粗末に扱うと必ず心に傷が残る、事故時に牛たちを殺した飼い主たちは今でも心が痛んでいるはずです。命をどう扱うか

 

・今後の希望とはいったいなにか? これは与えられるものではなく自分たちで考えてみつけるものです

 

・原発事故後7年にならんとするが10年までは頑張る。そうすると今の牛は200頭まで減って底を打ち、これまでのような、過密ストレスがなくなりQOLもよくなるだろう

 

・「正しい意地」というものはある

 

などなど。





2017-12-14 17:52 | カテゴリ:未分類

陽捷之(みなみかつゆき)氏(元農水省環境研所長、現農業環境健康研究所)の

万葉集に詠われた土壌―「あおによし」「はに]「にふ」-

という解説文が、近刊の日本土壌肥料学雑誌88巻第6号p568-573に

掲載されている。なかなか蘊蓄(うんちく)で固めた名文だと思う。

 

      そのなかに、

:::::埴(はに)は、質の緻密な黄赤色の粘土をいう。黄土(はに)・埴生(はにふ)は埴のある土地をいう。真埴(まはに)は、埴の美称である。赤黄色の粘土で瓦や陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した(日本国語大辞典、2006)

:::::

鉄分を多量に含む黄褐色の土は、おおむね粘土層の上に滞留する。土中の鉄分が雨水と共に下降し、密度の高い粘土層に到達すると一定の幅で黄褐色の帯状の層ができる。黄土をやいて土器をつくるため、また染色に用いるための粘土層がそこにはある。この黄土は、鉄分を含むから焼けば赤くなる、黄土が「きはに」ではなく『はにふ』と呼ばれる所以であろう。

:::

 

という文章を見つけた。なるほどなるほど。ここまでは、小生も専門である「土壌と鉄」に関する記述である。

           

      ここまでを読みながら、はにゅうと発音するこの言葉の連想から、旧い小学唱歌で有名な「埴生(はにゅう)の宿」というイギリス民謡の翻訳の語源を知りたくなった。

          

    埴生の宿もわが宿

    玉のよそひ うらやまじ

    のどかなりや 春のそら

    花はあるじ 鳥は友

    ああわがやどよ

    たのしとも たのもしや

              

     中学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)でもジャングルでの日英兵士の「埴生の宿」の合唱でストーリーが終わっていた。英国人はこの歌が大好きだと書かれていたと思う。小生もこれまでこの歌を、口ずさんだり、ハーモニカで吹いたりしていたのだが、その意味をきちんと考えたことがなかった。

                

      ネットで検索すると

―――――

『日本童謡事典』の「埴生の宿」p323-32の解説によれば,
「みずからの生まれ育った花・鳥・虫に恵まれた家を懐かしみ讃える歌」「埴生の宿」とは,床も畳もなく「埴」(土=粘土)を剥き出しのままの家のこと,そんな造りであっても,生い立ちの家は,「玉の装い(よそおい)」を凝らし「瑠璃の床」を持った殿堂よりずっと「楽し」く,また「頼もし」いという内容。
   
『日本の唱歌 上 明治篇』のp84-85によれば,
「イギリスのビショップ(Henry Bishop,1786-1855)の「楽しきわが家」(Home,Sweet Home)に,里見義が作詩したもの。原詩に忠実で,「訳詩」というべきかもしれない。」「「埴生の宿」とは,元来「貧しい粗末な家」という意味である
古語では,「たのし」にも「たのもし」にも「富んでいる」という意味がある。里見はこのことを知っていて,「心は富めり」という心境を表すためにこの単語を使ったのであろうか。
   
『新明解国語辞典』のp1209に、「埴生」「粘土性の土」の意の雅語的表現。「の宿〔=土で塗った,みすぼらしい家〕」
   
『世界の愛唱歌:ハンドブック』の「埴生の宿」:p228-229によれば、
「土間にじかに筵(むしろ)を敷いて寝る粘土で作った家が埴生の宿」「それほど貧しい家であっても,我が家が一番楽しくていいものよ,」「玉の装い(よそおい)=宝石を散りばめたような素晴らしいところ,羨まじ=うらやましくない,瑠璃の床=宝石を散りばめた床
 

   

 と、ほぼ完ぺきな説明があった。まとめると
「埴生の宿」とは
「埴」(土=粘土)でかためた剥き出しの壁のままの粗末な家のこと 
となる。
        
          
スライド2  
(図1)双葉町でみた典型的な埴生の壁土の作業小屋。  東日本大地震で壁が崩落している。いまだに空間放射線量が 毎時10.4マイクロシーベルト。
     
スライド1

(図2)東日本大地震で傾いた後、ドロボーや野獣で狼藉された壁土が埴生の民家の作業小屋。いまだに空間放射線が 毎時9.8マイクロシーベルト。  
    
 
スライド3 
(図3) 埴生の土蔵 東日本大地震で漆喰が剥落して、2種類の色の埴生の壁土が露出している。いまだに空間放射線量が 毎時9.5マイクロシーベルト。
      
           

最近福島県双葉町に入っていろいろと放射能汚染調査をしているが、その民家の外観や内部の荒れ方(荒らされ方?)は尋常ではない。民家の外観の崩壊は大地震によるものであるが、母屋や(ここではプライバシーの関係で示していないが)土蔵(図3)や作業小屋(図1)の内部は地震の揺れのせいばかりではなく、イノシシやサルやハクビシンやタヌキや、明らかに人間による荒らされた形跡もある(図2)。現在の空間線量10マイクロシーベルト以上の民家でも、定期的に避難先から帰ってきて、室内や室外を掃除されている家屋も稀ではあるが、見ることができる。心が痛む。住めないことがわかっていても、避難している住民にとっては “故郷忘じ難く候”なのであろう。        

                  

この「埴生の宿」で出てくるような家は建物が近代化した双葉町では今ではまれであるが、3.11の大震災で崩壊した土蔵の外壁の白い漆喰がはがれて、まさに埴生が露出しているところが何軒かあった(図3)。そこから、たぶん明治政府による、この先々代の地主と思われる土地の検地証文が、野獣の狼藉により多数飛び出て散乱していた。

  

     

(森敏)

付記:この「埴生の宿」のメロデイーを久しぶりに聴きたくなって u-tube で検索したら、演奏はたくさんあったが、中でもソプラノ歌手の森麻季さんの感動的な歌唱力の映像が出てきた。圧巻である。聴いていて懐かしさで涙が出てきた。しかし福島の避難されている方々は、きっと「悔し涙」でこれを聴くことだろう。
         

https://myplay.video/movie/erCiwys8uNo/home-sweet-home-

 
追記1.平昌オリンピックのフィギャースケートで優勝した羽生結弦選手の「はにゅう」の姓の起源も、この赤土の埴生(はにゅう)に由来するものと思われる。(2018年2月20日 記)

2017-12-11 07:58 | カテゴリ:未分類

先日、全国のテレビや新聞紙上で取り上げられたのが、以下のTBS Newsの「鶏むね肉」料理である。これらの記事ではすべて「鶏むね肉」が “高たんぱく”かつ “低カロリー” で「ヘルシー」だという理由で評価されていた。

 

実は、今年の初頭のWINEPブログでは、今年が鶏(とり)年であることにかこつけて、「鶏むね肉」の紹介を少し詳しくしておいた。もう11か月が経過しているが、記事の中身は古くないと思います。

  

「鶏の胸肉」は脳の老化を防ぐ: 酉(とり)年にちなんで

http://moribin.blog114.fc2.com/blog-entry-2125.html

 

その時は、この「鶏むね肉」に1%も含まれているジペプチドである「カルノシン」や「アンセリン」が、活性酸素の消去剤として、激しい運動のあとの筋肉の疲労回復ばかりでなく、過酷な知的労働での脳などでも発生する活性酸素による脳の老化予防に効く可能性が高いと思われる(久恒辰博・東大新領域創成研究科准教授)という説を紹介しておいた。残念ながら、今回の「今年の一皿料理」の表彰理由には「脳の老化防止」は強調されなかったようだが。
    

 
 最も世相を映した料理、今年の一皿は「鶏むね肉」

41539分 TBS News

グルメサイトが決める世相を最も映した料理、“今年の一皿”。去年は「パクチー」でしたが、今年選ばれたのは、ヘルシーさが人気の、あの料理でした。そのヒットのきっかけは、まさかの「発想の転換」でした。

 ランナーたちで賑わう都内の公園。向かいのこのレストランでランナーに人気の料理には、ある食材が欠かせません。

 「ヘルシーです」(ランナー)

 「タンパク質がとりたい」(ランナー)

 大手グルメサイトが発表した、今年、最も世相を表した料理に贈られる“今年の一皿”。去年は流行にもなった「パクチー」が受賞しましたが、今年は・・・

 「鶏むね肉料理です」

 ランナーたちに人気のメニューも、真空パックを使って低温で茹でることでしっとりと仕上げた「鶏むね肉のコンフィ」です。

 「(売り上げは)右肩上がりで伸びている」(グランミール 松井聡 社長)

 低カロリーで、脂質や糖質が少ない「鶏むね肉」。健康志向の高まりとともに、需要は急拡大しました。

 けん引役となったのは、鶏むね肉が原料の、コンビニでおなじみ、「サラダチキン」でした。セブンイレブンでの販売をきっかけにブームに火がつき、各社とも毎年、売上記録を更新し続けています。ただ、このサラダチキン、生みの親は、実はコンビニではありません。

 宮城県内の工場で作られているのは、もちろん「サラダチキン」。

 「南部どりのむね肉を味付けして蒸して焼いた商品をサラダチキンと命名したのが始まり」(アマタケ 井上彰 執行役員)

 岩手県に本社を置く、この食品メーカーでは、他社に先がけ、2001年に販売を始めました。元祖「サラダチキン」です。

 「むね肉は、ちょっと販売が苦戦」(アマタケ 井上彰 執行役員)

 今でこそ、「ヘルシー」のイメージですが、20年前は「鶏むね肉は、『パサついていて、おいしくない』」と人気がなかったと言います。鶏一羽からもも肉と同じ量が取れるにもかかわらず、安い値段でしか売れなかった「むね肉」。そこで、精肉売り場だけでなく、サラダコーナーでも置いてもらえるよう、調理いらずのサラダチキンを開発しました。ただ、当初売り上げの伸びは「そこそこ」。その後の爆発的なヒットのきっかけは、2014年に行った「ある改良」でした。

 「思い切って皮をはいで、販売しようかなと」(アマタケ 井上彰 執行役員)

 なんと、これまで肉にくっついていた「鶏の皮」をはいだのです。「鶏皮を取り除くとおいしさが失われる」というのが、当時の精肉業界の常識でした。しかし、皮をとることで、従来品より、およそ4割もカロリーをカットできたのです。この決断が大当たり。今では年間1100万パックを売り上げる看板商品となりました。

 「おいしいだけではなくて、(ヘルシーという)プラスアルファを求めた商品作りが、今のお客様に支持を受けたのかなと思います」(アマタケ 井上彰 執行役員)

 発想の転換が生んだ“今年の一皿”。来年はどんな料理が登場するのでしょうか。

 

   
付記:福島県川俣町も、原発事故で重大な放射能被害を受けて、住民が避難し、有名な川俣シャモの工場が数年閉鎖されていました。2015年ころから、このシャモ料理が復活して、飲食店でも提供され始めました(シャモをどこで飼育しているのかわからないですが)。先日放射能調査の帰りに、川俣町の道の駅で2頭の燻製川俣シャモを土産に買いました。もちろん「むね肉」の効用を意識してですが。ついでにシャモラーメンを付近の店で爺さんばあさんが調理している店で食べました。おいしかったです。(森敏)

2017-12-04 06:21 | カテゴリ:未分類

クサレダマはアキノキリンソウに似ていたが、小生には全く同定できなかった植物なので、若林芳樹さん(株 アスコット)にお手数を煩わせて同定してもらった。(図1)
   
「クサレダマ サクラソウ科オカトラノオ属
マメ科のレダマに似ていて草本であることからついた名前といわれていますが、マメ科のレダマにはあまり似ていません。やや湿った場所を好み群生することが多く黄色の花はよく目立ちます」ということです。
      
  この植物の場合放射線像では花器が強く汚染して見えます(図2、図3)。しかし実際の放射能濃度は葉や茎とあまり違いがありません(表1)。花器は花弁・がく・未熟種子などが重なって乾燥されているので、強く汚染しているように見えるのです。 しかし、生殖器に放射能が移行していることはほかの植物の場合と変わりないと思われます。この時点では種子をまだ採取できなかったのですが。
     
 
スライド1  
 
(図1) クサレダマ
       
 
スライド2
 
(図2) クサレダマのオートラジオグラフ
 
        
 
スライド3 
 
(図3) 図2のネガテイブ画像。神社の神殿で巫女が手にもって舞う鈴飾り物のように美しい。
 
       
 (表1) クサレだまの部位別放射能

クサレダマの放射能jpeg
      
     
(森敏)


FC2 Management