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2019-09-21 16:45 | カテゴリ:未分類

大熊町役場はなぜかガードが固くて、小生たちはいまだに調査には入れていない。そんなときに、NHKの某氏から「某大学の調査団の大熊調査に同行できることになったので、面白い花を根付きでサンプリングしてきましたが、ご入用でしょうか?」というメールが届いた。
 
  願ってもないことなので、「できれば、根をできるだけきれいに洗って、ただちに新聞紙に強く押し葉にして、毎日新聞紙を取り替えて、1週間ぐらい経った後の完全に乾燥した“押し葉”サンプルを送ってください」と強引に頼んでおいた。その後2本の押し葉サンプルが送られてきた(図1、図2)。花の名前はショウジョウバカマと同定されていた。
 

スライド1 
 図1 ショウジョウバカマ-1 (根の部分の土がとり切れていない)
 
 

スライド2 
図2 ショウジョウバカマ-2  (根の部分の土はほぼ取り切れている)
 
 
スライド3 
 図3 図1の放射線像 (ネガテイブ画像:土の強い放射能によるハレーションがある)
 
 
スライド4図4.図2の放射線像(ネガテイブ画像)  花びらの基部の〇に注目。
 
 
 表1.ショウジョウバカマの部位別放射能(NaIスペクトロメーターによる)
ショウジョウバカマ1 

      

この植物は根と比べて、茎・花器の放射能濃度が、他の植物に比較して極端な差がない(表1)。いったん根に吸収されさえすれば、セシウムは容易に地上部に移行するものと考えられる。おそらく、いったんセシウムは根圏土壌から根に吸収さえすれば、根にとどまることなく、導管への排出のカリウムトランスポーターを通じて膜の抵抗なくセシウムは導管に排出されて、地上部に移行するのだと思われる。

    

特徴的なのは、花びらの基部に種子が形成されつつある部分(たぶん子房)が色濃くセシウム汚染されている(図2と図4の花器参照)。2019年春の大熊町の根圏土壌の放射性セシウム濃度の約4分の1の濃度に花器に放射性セシウムが濃縮されている(以降係数0.248)ので、この植物はセシウムを次世代にも吸収移行しやすいのかもしれない。
  

  
(森敏)
2019-09-17 12:35 | カテゴリ:未分類

伊豆池水没1      
大室山頂眼下の台風による、崖崩れと、田圃の洪水による浸水被害、の状況(マスコミでは報道されていない)(クリックすると大画面になります)
    


  9月9日に「スーパー踊り子号」で伊豆高原駅を目指したのだが、台風15号で路線がやられて運休してしまった。やむを得ず次の日に延期して「踊り子号」で無事伊豆高原駅に到着した。踊り子号もこの駅までで、ここから先はまだ路線が復旧していなくて河津―下田間がバスでの代替輸送だということであった。それにしても、千葉県での台風被害の報道は行われつつあったのだが、伊豆半島での台風被害の報道はNHKの交通情報でも全くなかった。(その後、次々と千葉県での家屋倒壊や停電の激甚被害の報道が現在進行形である。)

  

ホテルは姿の美しい大室山の裾にあったのだが、「水道がストップしているので、ホテルの貯水槽の水が早くなくなると困るので、できるだけ風呂は使わないでほしい、お風呂は共同浴場の温泉を使ってほしい」とホテル側の指示であった。宿泊3日目には、やっと水道が来たのだが、初流が濁るので、透明になってから飲料にしてください、ということで、伊東市かこのホテルが普段から災害用に装備している「5年間貯蓄用」と記載してある2L入りのペットボトルを2本配布された。

 

宿泊4日目の最終日には観光にでかけ、標高500メートルの大室山にリフトで登った。この山は約4000年前の噴火でプリンの恰好をしており山頂の円周がコンクリートで舗装されており、風が強かったが歩くのには快適であった。と、眼下に異様な光景があった。がけ崩れと、田圃が水没しているのが見えた。東京ではこんな水没の報道は一切なかった。後で聞いた伊豆ジオパークの説明員によると、この地域は古来「池」と呼ばれてきた地区を開拓して田圃にしたのだが、そこが再び下流が台風による何かでせき止められて昔の『池』に戻ってしまったということらしい。現在ポンプで排水中だとか。たぶん完全に冠水したお米の収穫は "穂発芽" などが始まって、ほぼ全滅だと思われる。

 

帰りのスーパー踊り子号の待ち時間に気が付いたのだが、伊豆高原駅舎の2階の一室が「伊豆ジオパーク展示場」になっており、十分時間があったので覗いてみた。ただいま説明員として修行中という男性が熱心に説明してくれた。伊豆半島全体はユネスコのジオパークに認定されているということで、UNESCO認定証が掲示されていた。いわく

 

On the recommendation of the

UNESCO Global Geoparks Council,

the Executive Board of UNESCO has designated

 

Izu Peninsula

as a

UNESCO Global Geopark

 

UNESCO Global Geoparks explore, develop and cerebrate the links between their

geological heritage and all other aspect of their natural and cultural heritage. They

reconnect human society with the history of our planet across 4,600 million years that

have shaped every place on Earth and all life that has ever lived here.

 

PERIODOF DESIGNATION

17 April 2018-16 April 2022

 

In order to ensure the continuing quality of UNESCO Global Geoparks, the designation is subject to revalidation every four years.

 

したがって、この認証は4年間の有効期限であり、2022年4月以降は再度申請して認証を受けなければならない、という厳しいもののようである。

 

(自宅に帰って世界百科事典で調べてみると、日本では洞爺湖有珠山(2009)、糸魚川(2009)、島原半島(2009)、山陰海岸(2010)、室戸(2011)、隠岐(2013)、阿蘇(2014)の7カ所が世界ジオパークに認定されているとある。したがって伊豆ジオパークが載っていないこの辞書は古い。)

 

驚いたことに、先ほど大室山山頂から撮影した眼下の「池」地区の、台風による洪水で水田が埋まった写真を説明員が持って来た。真上からドローンで撮影された9月9日時点での被害の写真と被害前の、A3印画紙大に引き伸ばした鮮明な写真を見せて、説明していただいた。その展示の迅速さには敬意を表しておいた。上掲の小生が撮影した写真よりもはるかに迫力があった。ドローンの有効性を感じたことである。

 
(森敏)
追記1:「日本ジオパーク」のホームページが以下に設定されています。最初からこれをみればよかったのですね。
https://geopark.jp/
 
追記2:

この現地の水没した「池」地区の光景を見て、先日鑑賞したアニメ映画「天気の子」の最後のシーンを思い出した。

 

「東京」が異常気象を繰り返して、その洪水で水没して、最終的に12万年前の広域の『古東京湾』になってしまう。東京のビル街の上層部だけがタケノコのようにょきにょきと海面から生えているような姿になってしまった。そこで、沖縄出身の主人公の男の子が、「もう東京は魅力がないので、帰らない」というようにつぶやく。このアニメの近未来予測は今回のように現実化するかも。

追記3:泊まったホテルの周辺は高級別荘地だったと思われるが、約半分が空き家になっていた。多くは傾斜地に建てられており、平地の軽井沢などよりもはるかに立派なコンクリート建築物群である。
 偶然に出会った、台風で庭の周辺を掃除しておられたご婦人に聞くと、なかなか惨憺たる住宅事情のようである。空き家になっている高台の元ホテルは、中国人が買い占めているのだが、彼らには地域の管理組合の管理費を払う習慣がなく、周辺が荒れ放題で、連絡もつかないとか。放棄別荘群はおおむね30年前のバブル期に建てられたもので、維持費が高く、若い人のための通学事情もよくないので、おそらくは後継相続人が現れずに、そのままになっているのではないかということであった。

 

 

 

 

 

2019-09-11 14:34 | カテゴリ:未分類

     小生は、中学生のころは、六甲山のシダ植物を50種類ばかり採取して押し葉にして、夏休みの理科の宿題として提出したことがある。その時は牧野富太郎編集の「牧野植物図鑑」が最高の指南書であった。押し葉の標本にラテン語の学名を付すのでなんとなくアカデミックな気分を味わえた。
 
  灘高では、生物は1年生の時だけ授業があったが、この生物の教師は牧野富太郎の弟子とかを自称していて、フィールドワークには強いということであった。しかし、灘高では野外実習がなかったので、この教師の特技を学べなかった。この生物学の授業は何をしゃべっているのか脈略がなく、教師の不勉強が顕著でつまらなかった。

 

  その後、駒場の東大教養学部では湯浅明教授の授業を受けたのだが、これがまた最初から最後まで生物の分類学で、分類名や種の名前をラテン名で黒板の全面にずらずらと書くという教え方で、本当に何の感動もなかった。睡魔が襲ってきて、分類学がすっかり嫌になった。しかし、同期の某君等は、期末試験の時に「先生、回答用紙は何枚書いてもいいのでしょうか?」などと、えんえん「生物進化」に関する回答を書き連ねていたので、彼我の知識量の差に圧倒された。一方生理・生化学などの授業はクラス担任の菅原先生(お名前は忘れました)が教えていたが、この先生の専門はウニの発生学ということで、生化学がとんと弱かった。柴谷篤弘などが紹介する当時台頭する分子生物学をフォローできていなかったのだと思う。

  本郷の農芸化学科に進学してからは植物栄養肥料学(三井進午教授)研究室では選択的除草剤の研究を石塚皓造助手(現筑波大学名誉教授)が行っていたので、田畑や大学構内の雑草の名を 当時めずらしいカラー印刷の 北隆館の本(書名は忘れた)とにらめっこで必死で覚えた。が、記憶力の悪さに我ながら嘆息した。その時覚えた雑草の名前が最近はほとんどすぐには思い起こせない。
     
  三井研究室では現地見学を兼ねて、毎年夏休みには、泊りがけの研究室旅行をしていた。ある年に埼玉県の国立の北本農業試験場(現在は廃止されている)を訪れた。この時は出井(名前は忘れました)場長ご自身が場内を案内してくれた。出井さんは土壌肥料学が専門だったのだが、この試験場では当時の流行の試験研究課題として、水田や畑の作物は殺さないが、雑草のみを殺すための「選択的除草剤」の開発試験もされていた。現場での説明では雑草の名前が彼の口からすらすらと出てくるのに感心した。「出井さんは水田雑草などの植物の名前をどのようにしておぼえられたのですか?」と伺ったところ、「はずかしながら、自分が知らない雑草は小学生の自分の子供の夏休みの宿題にして、子供と一緒に採取して押し葉にして、学名などを覚えたんです」という返事が返ってきた。偉くなっても地道に苦労されているのだなーと感動した。
          
       

     このように 草花や動物の名前を覚えるには、徹底的に幼少の時からきちんとした博物学の教師に連れて行ってもらって、生きている現場で学ぶことが重要であると痛感しているが、もう遅い。
              

  名古屋大学の植物栄養学教室の教授であった谷田沢道彦先生(故人)は、東大農芸化学科の出身だが、若い時にイギリスの国立公園「キュー・ガーデン」に留学しておられて、土壌肥料学会のエクスカーションなどでいっしょになると、そこら辺の雑草の名前をラテン名で諳んじており、次から次へとメモに書いて、小生に見せてくれるほどの博覧強記であった。分類学者でもないのにこの先生の頭の構造はどうなっているのだろうと驚嘆したものである。先生は、生前に自分が持っている「貴重な数多くの植物分類の原書などをどう処分しようか」などと悩んでおられたが、その後どうなったのかは知らない。

 

  原発の放射能汚染地帯の調査に行くと植物の採取も行うので、必然的に学名を正確に同定しなくてはならない。ほとんどが通常の雑草や樹木だから、ほぼ同定の間違いは起こらないはずだが、最近は名前がすらすらと出てこなくなった。とくに樹木は持ち帰った葉の形や種子だけでは分類が難しい。だから専門家に同定していただいている。

 

  先日本屋をぶらついていると、以下の文庫本が4冊が同じところに置かれていた。本屋さんの販売戦略だとは思ったのだが、この4冊を買って日本の普通の身近な植物をどのように表現しているのか、どれが素人に一目で分かりやすく描けているか、などを比較検討してみることにした。

 

新編 百花譜百選 木下杢太郎画/前川誠郎編 岩波文庫

柳宗民の雑草ノート 柳宗民 文/三品隆司 ちくま学芸文庫

シーボルト 日本植物誌 大場秀章監修・解説 ちくま学芸文庫

身近な雑草の愉快な生き方  稲垣栄浄 文/三上修(画)

  一番親しみが持ててわかりやすく描かれていると思われたのは「百花譜百選」で、木下杢太郎が 東大の皮膚科の教授でありながらこれらの絵をまさに第二次世界中(昭和18年3月から年-20年7月)の間に描いていることに一種の感慨を覚えた。それらの絵には寸書きがあり、身近な出来事やあるいは戦時の局面が抑制的に記載されている。東京の空襲下で、食糧難である上に、深刻な胃腸病で本人が衰弱しつつあるのに、1種類の草木を何時間もかけて描く執念の深層心理ががどこにあったのだろうかと、描画を見ながら深く考えさせられるものがあった。戦時でほとんど戦況については絶望的心境にあったのではないだろうか。小生は20年以上前に、伊豆で科研費の会議があって、いちど医学部の友人の案内で伊東市にある木下杢太郎記念館を訪れたことがあるが、その時は木下杢太郎は単なるデイレッタンではないか、としか印象がなかったのだが、実際は才能が溢れすぎる人材だったことが、前川誠郎氏によってこの本の「あとがき」に記されている。 


(森敏)
付記1:
文藝春秋2015年4月号に「本草学の現在」というテーマで 前掲のシーボルトの本の監修者である大場秀章東大名誉教授が以下に述べている。
::::高等教育研究機関である大学では、設立当初日本の生物相の解明を大きな研究課題に据えたが、第二次世界大戦後は消滅は免れたものの気息奄々(きそくえんえん)の状態が続いた。その余波といっては語弊があるかもしれないが、多様性研究を担う施設の博物館さえあわや不要の烙印を押されそうになったこともあった。:::::::

  つまり東大理学部植物学教室や他の大学からも、新しい生理学や分子生物の台頭に抗しきれず、早々と分類学の講座が消滅してしまったようである。しかし現在では付属博物館や付属植物園の教員が分子生物学と形態学をドッキングした新しい研究領域に気を吐いて、世界的な研究成果を挙げつつあるようである。


付記2. 上記の記事は2015年に書き留めていたものに若干手を加えたものです。

 

 

 

2019-09-06 20:52 | カテゴリ:未分類
     
  2年前(2018年)の夏ごろ 、浪江町の空間線量15マイクロシーベルトの目の高さの位置の、民家の庭のセンリョウの枝を手折ってきた。
    
  以下の図1に示すように、センリョウは葉がとても厚くしかも繁茂していたので、押し花の脱水には時間がかかり苦労した。
    
  赤い実(み)がたくさんついていたのだが、乾燥中にかなり剥離した。乾燥させた赤黒い実(み)は葉と葉の間にあるので、この図1ではよく見えないのだが、図2や図3のオートラジオグラフでは、ちゃんと放射能汚染された実が多数撮像されていることがわかる。図2ではたくさんのきれいな黒丸が実である(図3では白丸)。
    
  図2、図3ではこの時点でもいまだにフォールアウトによる外部汚染の強い点々も撮像されて見えるが、植物全体がうっすらと均一に内部汚染であることがわかる。葉が互いに重なった部分は濃く写っていることがわかる。
    
  表1によると、種子が一番強く汚染している。

 
 
   
  
 
スライド4 
 図1。密集した葉の押し葉なので葉が互いに重なっている。葉の間に乾いた赤黒い実がたくさんあるのだが隠れていて見えない。
 
 
 
 

 
スライド2 
 
 図2.図1のオートラジオグラフ
 
 
 
 
 

スライド3 
図3. 図2のネガテイブ画像。 
 
 
 
 
 

 表1。センリョウの部位別放射能

 
スライド1 
 *放射能測定は2019年5月。
  
   

(森敏)
2019-09-03 06:24 | カテゴリ:未分類

  今回は一見釈然としないオートラジオグラフをお見せします。
     
  2018年10月秋に、空間線量毎時2.9マイクロシーベルトの浪江町の民家の道路脇で、がっしりと根付いている菊を根ごとスコップで引き抜いてきた(図1には葉の陰に隠れて見えないが、数個の花がある)。なぜか背丈が低い。根に付着した土壌をできるだけふるって、新聞紙に挟んで圧着して、1週間毎日新聞紙を取り替えて、その都度また土壌をふるうのだが、完全には土壌は取り切れない。仕方がないのでそのままオートラジオグラフを撮像した。そのあといつもよりも細かく組織を解体して、各部位の放射能を測定した。


   

  葉の放射能濃度は<細根+付着土壌>の放射能濃度のわずかに1.2%である。2018年秋の時点で、この地点では、キクの放射性セシウムのほとんどが根と土壌にとどまっており、地上部には移行されていないように見える。


   

スライド1


 図1.細根が切れるので、これ以上土壌をふるい落としできない。右下の根際に小さな分蕨の新芽がある。図2のオートラジオグラフによると、頂点に花が4つあることがわかる。ガイガーカウンターで大まかに植物体表面をなぞると、葉が94cpm、根が1500cpmであった。



 


 
スライド2 

図2.地上部のあちこちの斑点は放射能汚染土ほこりなどによる外部汚染。細根は土壌付着で強烈な放射能汚染。ハレーションを起こしている。

 


 


スライド3 

図3.細根に付着した土壌からの放射能が根よりもはるかに強すぎて、太根がX線写真で見るように、骨のように陰になって写っている。
 



 

   
 
表1.キクの部位別放射能


根付き菊ppt 







  
(森敏)