2011-02-16 13:36 | カテゴリ:未分類

「研究者としての適性を見極める」

      

以上のタイトルで、金澤一郎日本学術会議会長が 「会長の独り言」 というコラムで述べている。(学術の動向2011年2号)

    

これは、いわゆる、今日極めて深刻なポスドク問題についてのつぶやきである。以下つまみ食い的に引用すると、

       

::(日本人大学生は)::::20才中頃から年を経たのちに:::::適切な時期に教育界、メデイア業界、産業界などに方向転換すれば大きく羽ばたくことが出来るのに、いつまでも「自分は研究者に向いている、日本の研究水準向上のために役立っている」と思いこんで、抜き差しならなくなったということもあるのではないかと愚考します。:::::::「適性」の評価をしないままであると、冗談でなく臨時雇いに等しいポスドクのまま60才の定年を迎える等という事態が起こらないとも限りません。:::::::::それを避けるには、ポスドク1人1人の適性を見極め、彼らに合った適切な進路について判断材料を与えるコンサルテーション機能を持った機構が必要なのだろうと思います。

       

と結んでいる。

        

これを読んで、合点しない理系の大学教員はおそらく1人もいないだろう。

        

今日大型研究費をもらってポスドクを数人以上抱え込んでいる教員も多い。そうしないと目的の期間内に成果を上げるべくプロジェクトが動かせないからである。大型研究費の半分以上がポスドクや補助技術者用の人件費であろう。ポスドク制度は日本の科学技術発展のためには今やなくてはならない制度として確実に定着している。
    
しかし一方では、長くても5年ごとの評価を受ける不安定な国の大型プロジェクト研究費は、裏を返せば日本の若手研究者の国家による失業対策費になってもいるわけであるが、常に彼らポスドクを雇用不安に陥れている。
     
(いや、日本の現行の5年プロジェクトは、3年目の中間評価というのが非常に
シビアなので、短期的な業績を上げる人物を拾い上げるが、腰を据えて、長期展望で業績を上げそうな若手を切り捨てて行ききかねないところがある。) 

  
日本の現状で、
プロジェクトリーダーの配下の若手の何人がテニュアや定職を獲得して研究職として生き抜けるのか、教員達はいつもジレンマに悩まされているのである。

          

金澤一郎会長の提案にあるように、ポスドクなどの研究能力や業績が一定の水準以上に達しているかどうかの評価を、どの年齢の時点で、どこの、誰が、どういう多様な観点から客観的に行い、本人に正しく理解してもらうのがよいのか、が問われているのである。

     
           

(管窺)
               
付記:適切な年齢の時期になっても自分の能力の適性やポテンシャルがわからない若手研究者は、そのこと自体が今後の国際競争の激烈な研究者生活には、あまり向いてはいないということなのかもしれない。。。

秘密

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