2008-04-25 03:39 | カテゴリ:未分類

座禅をすれば善き人となる (石川昌孝著)

  

   上記表題の本は「永平寺 宮崎奕保禅師 百八歳の生涯」という副題のついたものである。

 

   2年ほど前にNHKで永平寺の若い修業僧の姿を見て疑問に思ったことがあったので、出たばかり(4月5日発行)のこの本を手に取ってみた。

 

   NHKの映像では、永平寺の修業僧の食品栄養条件は1日1500カロリーも摂取していないであろう、タンパク質の摂取量も70㌘をはるかに下回るであろう、ビタミンB1も足りないであろうと思った。修業に入って2週間で多くの僧が脚気の症状を呈したと、インタビューでは東北大学物理学科修士課程の出身者が述べていた。

 

   にもかかわらず毎日、日の出前に起床し、廊下拭きをし、零下2度の御堂で頭から湯気を出しながら一斉に大声で読経して、座禅に入る。いくら精神が緊張していてもこんな苛酷な修行では病気にならない方がおかしいと思った。すべて永平寺開祖の道元が定めた詳細な作法に則って厳格な一日が過ぎてゆくということである。

 

   調べたところ道元は53歳で死去している。自らの戒律で自縄自縛で栄養状態が悪くて病気になったのではないだろうか、と想像していた。

 

   この本では勿論この高僧宮崎奕保禅師の精神的な履歴は非常に興味あるものであったが、何よりも彼がこんな高齢まで生き延びた理由を知りたかったのである。

 

   読むと宮崎禅師は一度69歳の時に「粟粒結核」で3年間の長期療養生活を余儀なくされている。最後まで妻帯をしていない。ひたすら「只管打座」と言うことで座禅に徹した人生だった。

 

   座禅という行為は熟練してくるとエネルギーを消費しない基礎代謝で推移する行為なのかも知れない。そうだとすれば若い修業の時代をなんとか買い食いなどで空腹をごまかして(そういう話もチラっと出てくる)生き延びれば、あとは座禅で、なんとかやってこられたのかも知れない。妻帯しなければセックスの消費エネルギーも子育てのエネルギーも必要ない、托鉢以外は労働に伴う複雑な人間関係のストレスも少なくて済むだろう。従って遺伝的形質が長寿であれば、体力が低下したときの感染症さえ充分に気をつければ、長生きできるのかも知れない。現代病の生活習慣病などはおよそ考えにくい。

 

  何よりも永平寺という樹木からのフィトンチッドが豊富な精霊な空気を吸っていれば、特別な健康阻害要因を考えにくい。

 

  俗人はこんなことを考えながらこの本を読了した。

 

(森敏)

 

 

秘密

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