2008-04-24 05:50 | カテゴリ:未分類

空間を切り取る

 

デジカメの性能が急速にアップして、一年も経たないうちに型が旧くなってしまう。コンピューターと同じで、旧い型のものは全然使いたくなくなってしまう。 こちらの購買力がまるで追いつかない。完全にメーカー側のペースに踊らされている。われながら困ったものだ。

 

それにしても一億総カメラ・マニアの時代である。現役を定年でリタイアしたとおぼしき男性が(なぜなら平日の午前だから)リュックを背負って三脚を構えて観光名所で真剣に撮影している姿は、まるで仕事師の顔つきである。かっての企業戦士はなんでも頑張ってプロ並みになりたがる癖が抜けない。適当にうまく撮れればいいというところがない。また、一方ではいろんな新聞社や放送局などの事業団体が素人写真のコンペを企画しているということもある。それに応募するのかも知れない。あるいは自分のブログにのせるのかも知れない。最近のブログにはハッとするような素人写真も多い。

 

デジタルカメラの性能がいいので、良い写真が取れたかどうかは、その場で確認できるように思うのだが、実際はその撮影画像をコンピューターで拡大してみなければ分からない。であるから、結局何枚でも気にせずに撮影の角度や照明のあるなしや、マクロやミクロの変化を使って、同じ対象をバシバシ撮影するのがよいと思う。メモリーカードの記憶容量が2ギガもあればHQ(高画質)で1000枚以上も撮れるのであるから、今この瞬間にここで撮っておかないと二度と撮れない画像は何ら遠慮せずに数をこなすべきである。ちょっとしたカメラ・アングルの違いでまったく違った写真が撮れていることに驚く場合が多い。かなりの頻度で撮っても1000枚をこなすには数時間はかかるはずである。その前に電池の交換が必要になるだろう。換えの電池の携帯は必須である。

 

素人なりに考えるに、やはり良い写真を撮る要諦は“カメラ・アングル”だと思う。空間をどう切り取るかだと思う。ここに最大の個性的な美意識が発揮されるのではないだろうか。この点に関しても、ダメな撮影画像でもコンピューター操作で不要な部分をトリミング(きりおとす)すれば一応立派な芸術的な画像になりうるので、有り難いというか、撮影現場での努力のしかいがない場合も多い。しかしこのトリミングをする場合こそ、その撮影者の個性が最も効いてくるところなので、多分プロとアマの違いはその点での芸術的感性の違いのように思われる。フィルムが白黒時代ではないので、色調の微妙な違いを見分ける能力や色の配置などはプロの天性としかいいようがない。

 

であるから、デジカメの性能が上がったとしても、結局、素人写真は素人写真なのである。

 

(森敏)

秘密

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