2010-12-11 11:58 | カテゴリ:未分類

特許を取らない方が良いのか?

 
 

鈴木章先生が、今回のご本人のノーベル賞授賞対象の研究に対して、「特許を取らなかったから研究成果が世界中の人に使われるようになった」と言っていると、マスコミでは美談のように紹介されている。

 

これが事実だとすれば、このご発言はこれまでの日本政府の方針と真っ向から対立することになる。

 

少なくとも、この過去20年間の日本政府の科学技術政策は、国家予算(税金)を使った研究の成果は、できる限り特許を取るように、という方針で一貫している。特許が利用されて、何十年かの後に商品が売れて、利益を納税者や発明者に還元することを奨励してきたのである。各大学での特許収入はまだまだ微微たるものだが。

 

20年以上前には、良い研究成果が出ても、高額の特許申請料やその特許維持費を支払うお金が無いので、大学の研究者は、ハナから、特許申請を出来なかっただけのことである。だから殆どの研究者が 研究成果 -> 特許申請 という発想をしなかったのである。それよりも、だレよりも早く論文を投稿することを選んでいたのである。要するに社会貢献よりも、先駆性・独創性の方を選んできたのである。

いまでも、特許が売れるといういつ見返りがあるか将来のことがさっぱり分からない「特許申請」などに時間を割く奴は馬鹿だ、という風潮がないわけではない。

 

20年前までは、特許を申請できた研究者は産学連携研究をうまくやれていた分野の研究者であり、そういう研究者たちはその企業に特許申請料や特許維持費を支払ってもらっていたし、現在も払ってもらっているのである。その代わりに企業からの人材派遣や受託研究費を手当てしてもらっているのである。その状態は今でも変わらない。

 

現在は、国からの大型研究予算をもらった研究者は必ずと言ってよいほど、特許申請を義務づけられているのである。その申請業務に時間がかかるために、学会発表や専門雑誌への論文投稿を遅らさざるを得ない、という事態も現実には起こっているのである。

 

現在では、あらゆる分野において文科省、経産省、厚労省、農水省も特許取得の政策を推進しているし、大学人もその方針に従っている。

   

これまでの大学人に非常に欠落していた「基礎研究者といえども、常に実用化に向けた発想を忘れるな」という研究教育の政策は、日本の科学技術創造立国のために、根幹となる思想だと思う。

    

ちなみにノーベル化学賞を取ったときの野依良治先生は「私は200以上の特許を取得した」と豪語されていたと記憶している。こまかく調べたわけではないが。

   
       

(管窺)

秘密

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