2010-12-03 12:07 | カテゴリ:未分類

    

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        勝海舟筆の龍馬追悼詩

  

展示会場での写真撮影は許されなかったので、
この写真は、
パンフレットからの無断転写である。
だから文字がぼけている。

    

   
坂本龍馬x百段階段      
       

  目黒雅叙園で 「坂本龍馬x百段階段」 というタイトルでのイベントが催されている。

     

  そこの100段(実際は99段だった!)の階段の途中の各部屋に展示がされている。
  

  そのうちの勝海舟から龍馬の跡取りである坂本直へ贈られた、「龍馬追悼詩」は、圧倒される優美な書で、小生にとっては初めて見るものであった。恥ずかしながら、この書は小生には読めないのだが、内容は

     

「月日は瞬く間に過ぎていくが、龍馬の面影はほんの少しも色あせることがない」

      

というものだそうである。縦1メートル半ぐらいの長さのものである。我が人生で「書」という物にこれほど感動したことはない。

      

  又、展示されている、龍馬が姉の乙女に送った手紙は、横約5メートルにもわたっており、約200行であるのにも圧倒された。

     

  龍馬は散文の才があり、多くの知人に手紙を書くことによって、その都度自分の行動に句読点をうち、次の行動に向かって行ったのではないだろうか。節々に手紙を書くことによって、無意識に頭の整理を行っていたのであろう。

      

  むかし、KJ法を開発した川喜多二郎氏はかつてどこかで、「文章に書き下ろしてみなければ、自分の考えていることの、未だ不分明な点と明確になった点を、きちんと自覚することはできない」。つまり、アナログ情報はぼけており、それを時系列的に、あるいは論理的に文字というデジタル情報に一度変換してみないと、物事を本当に解ったことにはならない、というようなことを言っていた。たしかに、そういうことを、龍馬は頻繁に手紙を書くことによって、無意識に行っていたのではないだろうか。

       

  今回の雅叙園の龍馬の展示を見るにつけ、人間の成長にとって、<文章を書くこと>の重要性が如何に大切なことであるかが、見事に示されていたと思ったことである。
                

  閲覧者で混雑していたので、展示されているこれらの龍馬の手紙は、ざっとしか見られなかった。そこで、いつかはこれらの手紙の内容を詳細に読んでみたいものだと思った。ところが、じつに幸いなことに、展示会場の出口の土産物店では、なんと、『龍馬の手紙』宮地佐一郎著 という絶好の書が販売されていた。こんな書物があろうとは全然知らなかった。早速その場で購入して、読むことにした。

        

  この本の前書きによると、現存する龍馬の手紙は136通にも上るのだそうである。

       
        
(森敏)

 




 

秘密

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