2010-10-14 16:23 | カテゴリ:未分類


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木戸孝允が坂本龍馬に宛てた薩長同盟の6箇条の巻紙の一部。
この部分の裏に、下の写真に示す坂本龍馬の赤筆による
裏書きがある。
      


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坂本龍馬による裏書き(赤筆)左端は坂本龍というサイン。

   
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上記の龍馬のサインの内容をわかりやすくそのまま
書き下ろしたもの。当時は、カタカナとひらがなが、
ごっちゃになって使われていたことが分かる。
なかなかご愛敬である。
  
  
  

薩長同盟文書への龍馬の裏書き

       

  皇居の3の丸尚蔵館に出向いてみた。先日、朝日新聞に写真が紹介された、ここに展示されている、坂本龍馬の「薩長同盟裏書き」というものの本物を見たかったからである。

    

  慶応2年正月21日、薩摩藩の西郷隆盛・小松帯刀と長州藩の木戸孝允らが会談を行い、坂本立ち会いの下、6箇条にわたる薩長同盟が結ばれた。木戸はその同盟を確かなものとするため、正月23日付けで坂本に書状を送り、6箇条の確認を求めた。その黒ずみの文章の裏に、坂本は赤い墨でそれを保証する、文章(写真に示す釈文)をしたため、木戸に送り返したのである。

   

  この木戸からの巻紙(16.3 cm x 392.9 cm) は残念ながらガラスのケースに入れられており、現物の写真撮影が許されなかった。

   

  巻紙(和紙)に黒墨で書かれた木戸孝允の文章の裏に、赤い墨で書かれた龍馬の文字はなかなかの躍動感に溢れており、龍馬の自由闊達な精神を感じることが出来た。署名は坂本とあり、龍馬ではなかったのがちょっと意外であった。

   

  そこで、受付でこの写真が載っている「特別展皇室の文庫(ふみくら) 書陵部の名品」という本をほしかったのであるが、一冊しか残部が無かったので、郵送で送ってもらうように注文した。ここに掲載しているのは先日入手したその本に載っている、写真のコピーである。

     

  それにしても、若き土佐の一脱藩志士である龍馬が、かくも重要な歴史的な転換(薩長同盟、大政奉還)に係わることが出来たという、その人物像(人格形成の過程)は、いくら司馬遼太郎の書物を読んでも、いくらNHKテレビで現在進行形の龍馬伝を鑑ても、凡そ凡人の小生には理解の範疇を超えている。
  
  この龍馬の赤い筆文字は実に実に感慨深い。

                  

(森敏)
 
追記:

一昨日のNHKテレビでの龍馬伝では、土佐藩主の山内容堂公に対して、藩の大監察役(参政?)である後藤象二郎が「大政奉還の建白書」を徳川慶喜に出すことを上申する場面が出てきた。しかし、容堂公は恩義のある徳川家に遠慮して、なかなか大政奉還の方向に藩政を踏み切ってくれない。そこで後藤象二郎は、坂本龍馬こそ、薩長同盟の立役者であり、薩土盟約の立役者である、と言って、ぜひ坂本龍馬に会ってもらいたいと、懇願した。

 これを聞いて、「おんし!、どーいて、それをだまっちょった?」と容堂公に問い詰められた。これに対して「ねたましかったがです! ・・・下士(かし)の分際で、つぎつぎと大事を成し遂げていく、龍馬が妬ましかったがです!!」と苦渋の顔で答えている。

 つまり後藤象二郎も龍馬の才覚のよって来たる所以を理解できなかったので、当初は龍馬に対して劣等感を抱いていた、とこのテレビドラマでは解釈されている。(2010.11.16.)


秘密

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