2010-10-13 18:40 | カテゴリ:未分類

ノーベル化学賞と辻二郎氏の業績について


 

  以下に、ノーベル化学賞を授賞された鈴木章先生が、平成16年6月14日に辻二郎先生と共同で

「パラジウム触媒を活用する新有機合成反応の研究」

というタイトルで日本学士院賞を授賞された時の、授賞審査要旨を入手したので、資料として紹介する。 
  
  この審査要旨には、辻二郎氏(現東工大名誉教授83歳)の1964年-1996年までの13編の主要文献と、鈴木章氏の1982年-1999年までの17編の主要文献が貼付されている。この文献タイトルを読めば、炭素―炭素間のパラジウムによる触媒反応に関する最初の新規性(innovation)は、辻二郎氏に帰するように思われる。辻氏を差し置いて、その後の炭素(C)-炭素(C)反応(クロスカップリング)の触媒開発に貢献した他の3名がノーベル賞を受賞した理由は、反応の新規性ばかりでなく、その後の産業応用などの社会貢献への発展(development)への寄与の結果をも勘案して評価したものと思われる。

      

  小生は今回のノーベル委員会の授賞理由の全文を入手していないし、その道の専門家ではないのだが、付記に無断転載した、この分野でのクロスカップリング法を開発した有機化学者達には、複雑な思いをしている方が多数居られるのではないかと思料する。今回の報道を検索すると、辻二郎氏の先駆的な研究を紹介しているのはこの毎日新聞の記事だけのようである。 

   


   

PhD 辻二郎氏および理学博士鈴木章氏の「パラジウム触媒を活用する新有機合成反応の研究」(共同研究)に対する受賞審査要旨

     

 有機化学の分野では、我々の生存に必須な機能を持つ有機化合物、とりわけ付加価値の高い医療、農薬に加え、磁気材料、電子材料などを従来より精密で、また環境に悪影響を与えない、調和した化学反応によって合成する試みが盛んに行われている。目的とする性質や機能をもつ物質だけを選択的に合成し、かつ、資源環境面からも有利で、従来法の枠を越える新しい化学合成の確立がその重要課題であり、基礎的でユニークな考えに基づく独創的な研究がつよく望まれている。
 

 このような化学合成の中でも特に炭素―炭素結合の生成は最も重要,かつ基本的な合成手法であるが、これを達成するための有用な手段として、従来はマグネシウムを用いるグリニヤール反応などが広く利用されていたが、現在では特に微量の金属を使用する効率のよい触媒反応が要求され、コバルト、ニッケル、ロジウム、ルテニウムなどの遷移金属触媒を用いる研究が非常に活発に行われている。多くの遷移金属が利用されている中で、パラジウムは、炭素―炭素結合生成反応を中心に多種多様な合成反応の触媒として用いられ、他の金属の追随を許さない優れた有用性を示すとの評価が確立している。このめざましく発展したパラジウム触媒の研究は、辻氏による炭素―炭素結合反応の発見に基づく先駆的研究と、鈴木氏の開発した簡便でかつ卓越した芳香環同士のカップリング反応(結合生成反応)に関する画期的研究によって完成した共同研究で、国内はもとより国際的に高く評価されている。以下に両氏の研究の概要を述べる。
 

 辻氏はそれまで、二重結合、三重結合の水素添加用の固体触媒に利用されるにすぎなかったパラジウムの用途を一変させて、全く未開発であったパラジウム触媒を用いる炭素-炭素結合を生成する反応を40年前に世界で最初に発見した。有名なグリニヤール試薬は量論的試薬であるが、一方これらと全く異なり、パラジウム錯体は、微量を用いるだけで反応が円滑に進行する。辻氏のこの極めて有用な先駆的研究成果は、その後広く国内外でこの分野の研究が爆発的に展開される端緒を拓いた。この大きな貢献から、同氏は「有機パラジウム化学の生みの親」と讃えられている。
 

 辻氏は、さらに次々と多くの優れた新触媒反応を発見し、カルボニル反応の拡大、マロン酸エステル、β-ケト酸エステルの古典的化学を新世代の化学へと発展させ、さらに不安定化合物合成に適したアリル保護基を開発するなど、優れた成果を挙げた。これらの触媒反応の多くは、操作が容易で特に穏やかな中性条件下で進行するので、時代の要望を充たす理想的反応であることが特徴である。

   

 鈴木氏は多年にわたる有機ホウ素化合物の基礎研究の成果を発展させ、1979年に芳香族ボロン酸と各種芳香族ハロゲン化物とをパラジウム触媒と塩基の存在下、直接結合させる、いわゆるクロスカップリング法を発見した。
 

 この反応は「鈴木反応」と呼ばれ、芳香環―芳香環のカップリング反応への応用のみならず、各種の有機ホウ素化合物と有機求電子試薬とのクロスカップリング反応により、各種の炭素―炭素結合生成に利用できるなど、他の合成法に見られない重要な特徴を持っている。この反応の長所は原料が容易に入手でき、水に安定で、穏和な条件で反応し、官能基を持った化合物でも利用可能であり、反応が、立体及び位置選択的に進行し、立体障害の影響を受け難い点などを挙げることができる。さらに、用いる触媒量が少なく、また、ホウ素化合物の毒性が低いことに加え、反応終了後、無機ホウ素化合物の除去が容易であるなど有機合成上優れた利点を持っている。
 

 「鈴木反応」は、上記の特性から他の方法の追随を許さないものとして、実験台で行われる複雑な構造の天然物合成のみならず、医薬品などのファインケミカル製造や多用途複合材、伝導ポリマー、発光高分子製造などの高分子化学工業の領域においても広く用いられており、その有用性は世界的に評価されている。

      

 以上、現代の有機合成化学に求められている種々の厳しい要望を充たし、汎用されるようになったパラジウム触媒反応の研究において、辻、鈴木両氏が基礎研究を発展させて新しい分野を拓くことにより、有用性の極めて高い有機合成化学の方法論を大成した貢献は、国内外で極めて高く評価されている。

   

  

(森敏)

付記:以下にインターネットから転載するのは、毎日新聞大阪版朝刊である。よく取材していると思う。

 

クローズアップ2010:鈴木、根岸氏にノーベル賞(その1) お家芸、世界に反応

 ◇有機化学、層厚く

 医薬品や次世代照明と期待される有機EL(エレクトロルミネッセンス)など、私たちの生活を支える数々の製品を生み出す原動力となる化学反応を考案した鈴木章・北海道大名誉教授(80)と根岸英一・米パデュー大特別教授(75)の日本人2人を含む3氏に、10年のノーベル化学賞が贈られることになった。化学反応を促す仲介役(触媒)に金属を利用し、それまで不可能と思われていた有機化合物を自在に結びつけ、新たな性質を持つ物質を次々と生み出した。社会に大きく貢献した「縁の下の力持ち」ともいえる発見で、日本の有機化学の層の厚さを示した。【八田浩輔、河内敏康、永山悦子】

 世の中にある100あまりの元素を組み合わせ、有用な物質を作り出すためには、化学反応によって元素や化合物同士を結合させることが必要だ。ただし、炭素が骨格となっている有機化合物を結合させることは難しい。

 今回の受賞対象となった有機合成反応は、有機化合物を効率よくつなぎ合わせたり、分離させることを可能にする技術だ。3氏の受賞対象となったパラジウムなどを触媒に使った化学反応「クロスカップリング」は二つの有機化合物を自在にくっつける「のり」といえ、有機合成に新たな時代を築いた。

 この分野は、日本が世界を先導してきた「お家芸」といえる。70年代、多くの日本人研究者が、パラジウムやニッケルなどの金属を触媒に用いたカップリングの研究に傾注した。きっかけは、玉尾皓平(こうへい)・理化学研究所基幹研究所長(67)らが72年に発表したニッケルを触媒に使ったクロスカップリングだ。その後、望まない副生成物ができるのを抑えるなど、改良が重ねられ、日本人研究者の名前を冠した化学反応が次々と生まれた=表参照。今回受賞したリチャード・ヘック米デラウェア大名誉教授(79)の化学反応も、研究者の世界で「溝呂木(みぞろき)・ヘック反応」とも呼ばれる。「溝呂木」は故・溝呂木勉・東京工大元教官のことで、溝呂木さんがヘック名誉教授の1年前に発見した反応だった。

 玉尾さんの発見にヒントを与えた山本明夫・東京工大名誉教授(有機金属化学)は「当時の日本の研究室は、資金や機材などが潤沢ではなかったが、有機化学の研究者の層が大変厚かった。最初にやったという点では、玉尾さんが入ってもよかったのではないかと思うが、今日の3人の組み合わせは、応用に対する価値をより重視したように思う」と指摘する。小林修・東京大教授(有機合成化学)は「これらの発見は歴史が古く、世界中でいろいろな分野で使われている。その点が高く評価されたのだろう」と話す。

 玉尾さんは「日本人研究者お二人は、いろいろな金属が触媒として使えることや、幅広い条件で使える反応を作り出したことが評価されたのだろう。日本の若い研究者に勇気と元気と希望を与えた」とたたえた。

 3氏の受賞理由となったパラジウムを触媒に使う有機合成反応は、現代の産業利用の中心となっている。その礎を築いたのは、辻二郎・東京工大名誉教授(83)だ。辻さんは60年代、世界で最初に炭素同士の結合の触媒にパラジウムを使った。一方、パラジウムは希少な金属のため、最近は鉄を触媒に使うクロスカップリングの研究が進み、日本人研究者も熱心に取り組んでいる。小西玄一・東京工大准教授は「まだ鉄はパラジウムの域には達していないが、今後の発展に期待したい」と話す。

 ◇「ほっとした」--共同研究・宮浦教授

 鈴木章名誉教授と北海道大で共同研究を続けてきた宮浦憲夫特任教授(64)=有機プロセス工学専攻=は、同大工学部の研究室でノーベル賞受賞者を知らせるホームページを見守った。鈴木さんの受賞が決まると「周りの期待が高かっただけに、ほっとした」と満面の笑み。「長く一緒にやってきたので、自分のことのようにうれしい」と喝采(かっさい)を送った。【田中裕之】

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 ◇日本人の名前がついた主な有機合成反応◇

 (年は最初の論文の発表年、下は発見にかかわった日本人)

▽辻・トロスト反応

 1965年 辻二郎・東京工大名誉教授

▽溝呂木・へック反応

 1971年 溝呂木勉・東京工大元教官

▽熊田・玉尾・コリューカップリング

 1972年 熊田誠・京都大名誉教授

       玉尾皓平・理化学研究所基幹研究所所長

▽薗頭・萩原クロスカップリング

 1975年 薗頭健吉・大阪市立大名誉教授

       萩原信衛・大阪大名誉教授

▽右田・小杉・スティルカップリング

 1977年 右田俊彦・群馬大名誉教授

       小杉正紀・群馬大名誉教授

▽根岸クロスカップリング

 1977年 根岸英一・米パデュー大特別教授

▽野崎・桧山・岸カップリング反応

 1977年 野崎一・京都大名誉教授

       桧山為次郎・中央大教授

       岸義人・ハーバード大名誉教授

▽鈴木カップリング

 1979年 鈴木章・北海道大名誉教授

       宮浦憲夫・北海道大特任教授

▽桧山クロスカップリング

 1988年 桧山為次郎・中央大教授

     
   

追記1.「世界の舞台で戦う  根岸英一さん」 (朝日新聞 2010.12.7日朝刊) という記事で根岸氏は、クロスカップリング法の研究歴について以下のように述べている。

 

・・・・・・

「草分けは理化学研究所基幹研究所長の玉尾浩平さんです。玉尾さんは京都大の助手時代にニッケル化合物を使ってクロスカップリング反応の開発に成功しました。特殊な条件を必要とするため、汎用性という点では難点がありますが、ここから一気に道が開けた。

他にも、パラジウムを初めて反応に取り入れた大阪大名誉教授の村橋俊一さんら、ノーベル賞を取っても不思議ではない研究者が国内にも何人もいる日本のお家芸。私はそうした成果を引き継いで開花させた1人です」・・・・・・・・

   

と述べている。これはノーベル化学賞授賞決定以来の諸学の反応に応える初めての発言だと思う。


            

追記2:最近の若い研究者の中には、研究の成果を、自分の研究がオリジナルであると言うことを強調したいがために、自分の投稿論文の緒言(introduction)の部分で、その方面の真の先覚者をあえて紹介しなかったり、研究論文を引用しなかったりする人がいる。だから、年を取った研究者は、それをチェックする義務があると思う。若い人は、引用頻度(Impact factor)の高い最新の有名雑誌にしか目を通していないので、自分の論文の執筆時の雑誌の引用(reference)にも、本当にオリジナルなその方面の原点の研究論文を読まないで、執筆している場合が多い。日本人が日本人の良い研究をあえて引用せずに、外国人の2番煎じの研究を引用する場合もえてしてある。実に情けないことである。

 

秘密

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