2010-09-27 11:53 | カテゴリ:未分類

船舶損害賠償請求権は残っているのではないか

         

尖閣諸島での中国の漁船と海上保安庁の巡視船との衝突事件で、漁船の船長の公務執行妨害その他による起訴は日本の検事の判断(とされている)で断念され、漁船の船長は処分保留で釈放された。が、いま、その中国漁船本体はどうなっているのだろうか。

          

損傷を受けた海上保安庁巡視船の船舶損害賠償請求権も放棄して、漁船も中国側に返してしまったのだろうか? どこにも報じられていない。国民としては全く釈然としない。人物ばかりでなく重要なブツまで手放してしまっては、外交の人質がないではないか。

       

全くあきれたことに、中国政府は、日本側に漁船の損害賠償請求を主張しているではないか。こういったことは、向こうに言われる前に先手必勝の意気込みで、こちらから先に対処(請求)しなければいけない。中国側の詭弁は実に懐かしいし、そういった強盗の論理が世界に通じると思っている稚拙さに笑ってしまう。何度も繰り返すが、「倒錯した詭弁も繰り返せば真理になる」という、実に懐かしい、かつての共産主義者の弁証法を思い起こさせる。
       
この中国側の賠償請求件に関する、外務省幹部や菅首相の断固たる拒絶見解は、全く当然である。

          

我が輩はその道の専門ではないが、海上での船舶衝突に関しては、ぶつけられた方の損害賠償請求に関して、純粋に国際法上の規則があるだろう。当然日本側の海上保安庁は検討していることだろう。

        

ネットで検索すると 海法研究所(早稲田大学総合研究機構) というのが活動していて、その活動に一つに「船舶衝突法研究会」というのがあり、他に日本側と中国側研究者が海事問題でいろいろな共同研究をやっているようである。いずれ、今回の事案での見解を聞きたいものだ。格好の事例研究の対象であろう。出番です。ぜひ、学問をビビッドな政治の役に立ててください。

            

(喜憂)

                 

付記:慶応3年(1867)、夜霧の瀬戸内海の鞆の浦で龍馬の乗る汽船“いろは丸”が紀州藩の軍艦“明光丸”に衝突され、沈んだ。龍馬はその場で相手の船に乗り込んで航海日誌を差し押さえ、現地で6日間にわたり談判して、後日紀州藩から賠償金を勝ち取った。という話は、司馬遼太郎の「龍馬が往く」に詳しく描かれている。これは日本初の海事裁判といわれている。
         
        
追記1:この記事を掲載した直後の本日の正午(12時)のニュースで仙石官房長官の記者会見の発言がテレビで流れた。
長官の発言は当然だろう。
             
仙谷由人官房長官は27日午前の記者会見で、沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で損傷を受けた海上保安庁の巡視船2隻について「原状回復を(中国側に)請求する。当然政府の課題になり得るし、なるべきだ」と述べた。ただ、具体的時期については「現時点で行うか、(日中関係が)クールダウンしてから行うかは別だ」と明言しなかった。


追記2: 事件発生直後に船長を除く船員14人を帰国させて船体も返したと、以下の記事ではじめて報じられている。日本の司法、行政ともに信じられないほど実に間抜けだ。

 

   

中国に関係修復の動き=判断の甘さ認める―仙谷官房長官

時事通信 9月29日(水)12時49分配信

 仙谷由人官房長官は29日午前の記者会見で、尖閣諸島沖での中国船衝突事件で悪化した日中関係について「ゼロのところに直す努力をされ始めたのかなと推測している」と述べ、中国側が関係改善に向けて動き始めたとの見方を示した。その上で「マイナスをゼロにする作業は、ハイレベル(の対話)までいかずともやっていただかないと(いけない)」と強調した。
 一方、仙谷長官は、事件発生直後に船長を除く船員14人を帰国させて船体も返したことについて「中国側も(それで)理解してくれるだろうと判断していた」と説明。ただ、中国はその後、態度を硬化させており、仙谷長官は「司法過程の理解が全く異なることについて、われわれが習熟すべきだった」と語り、中国側の出方を読む上で判断の甘さがあったことを認めた。 
秘密

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