2010-08-14 14:38 | カテゴリ:未分類

龍馬と慎太郎

     

薩長同盟を企画した、坂本龍馬と中岡慎太郎との約束を果たすべく、薩摩の西郷吉之助は長州の桂小五郎に会いに行くが、なぜか乗船した船から下関に上陸せずに素通りしてしまった。このことに対して、坂本龍馬と中岡慎太郎は京都の薩摩屋敷に、押しかけ、西郷との面会に成功する。長州を裏切った西郷に対して、龍馬は、高知の商人の家の生まれの、妥協の才覚を発揮した提案をする。

        

龍馬 そうじゃ! (長州に)手みやげを持っていく、いうがはどうぜよ?

もうしわけないことをしたときには、「ごめんちゃー!」いうて手みやげの一つでも置いていくのは、あたりまえですろう。

そうじゃのー、例えば、軍艦十隻とミニエール銃一万丁はどうぜよ?

     
・・・・
   

西郷 おまんさー、まっこと面白いこと思いつくお方じゃ。手みやげに軍艦と銃おわすか?
   

・・・・
   

西郷 わかりもした。軍艦と銃を用意しもす。

      

龍馬は、抜け目なくその軍艦と銃の輸送を、長崎で土佐の脱藩浪人を糾合して創立したばかりの亀山社中の大仕事として行うことを約束させる。龍馬と中岡は肩をたたき合って涙を流して、西郷に謝意を表する。

 

 

ということで、今回のNHKテレビ画面は終了した。

 

 

この明治維新への重要な結節点となる薩長同盟の場面を見ながら、我が輩も、目が潤んだ。京都の円山公園での龍馬と慎太郎の像や、霊山墓地の山腹の二人の墓や、霊山寺博物館に展示している中岡慎太郎のわずかに19歳の時の恐ろしく達筆な筆跡を思い出した。まさに疾風怒濤の時代を駆け抜けた、二人だったのだ。
     
今風の言葉で言えば、龍馬は状況に応じて、その時の最適解を案出できる「マネージメント」の才覚を有する才人だったのだろう。 
   
   
(管窺)

秘密

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