2010-07-08 20:59 | カテゴリ:未分類

ハンガリーの一大学のノーベル賞受賞者が12人(ブダペスト報告3)

       

  国際植物鉄学会が開催されたブダペストのEötvös Loránd Universityの会場の受付のあるホールで、 受け付けをすませてすぐに気がついたことは、ホールの周辺の壁際にぐるりと10体くらいの人物の銅像が建てられていることであった。

   

  壁に近寄ってみると、1905年から1994年至るまでに、この大学出身者で12人のノーベル賞受賞者名が受賞年次とともに記載された表が貼られており、その中には、むかし教科書でならった核科学のへべシー・ジョルジや生化学のセント・ジョルジ・アルベルトなど実に懐かしい名前があった。前者の銅像はあったが、残念ながら何故か後者の銅像はなかった。
      
IMG_3610-3.jpg 
 12名のノーベル賞受賞者名簿
     
IMG_3600-2.jpg

     核化学ヘベシーの像
      

  学会初日に、この大学の赫赫たる歴史の説明が学部長(?)によってなされ、そのとき12名のノーベル賞受賞者のうちの理系(Economicsを含む)の5名の受賞者の名前と、専門分野と写真紹介があった。
    
IMG_3622-3.jpg 
  真ん中がセントジョルジ、右上がヘベシー
     
 

  小国ハンガリーの一大学で(と言っても、この大学はハンガリーでは中心的な大学なのだろう)12名ものノーベル賞受賞者を出しているのには、素直に感心した。

     

  大学の建物の玄関内側の広場には、休憩のための椅子や机が置かれ、その目前に小生が若い時に化学実験に使ったことがある非常に懐かしいガラス細工などの実験用機器などが数多く展示されっていた。また、多くの物理実験に使う機器や、ハンガリー初のファン・デ・グラフタイプの粒子アクセレレーターも発明者の名前とともに廊下のギャラリーに展示されていた。
   
  これらの古典的な展示物は定量分析や定性分析の測定の原理原則を学生達に説明するときに、教育的効果が非常に大きいものがあるのではないかと思われた。

   

  このようなクラシックな実験器具類は、もう東大ばかりでなく他大学でも、いま探してもすでに廃棄処分されていているだろう。20年ほど前に一度だけ東大では、本郷構内の博物館が、大学の全研究室に不要になった機器類の寄贈をよびかけたことがあるが、それらは今どうなっているのだろうか。
   
  東大博物館に大事に保存されていつの日にか陽の目を見ることがあるのだろうか? ここの大学のように願わくばいつでも見られるように、玄関のギャラリーに展示して人目にさらしてほしいものである。

     

  小生が植物栄養肥料学研究室の助手の頃(1960-70年代)、日本製で2台めと言われていた、実に頑丈きわまりない“ガイガー・カウンター”を使っていたが、あれは今どこにいっているのだろうか。今思うと実に残念である。
    

   ところで、当時の植物栄養肥料学研究室の教授の三井進午先生は、日本で最初に放射性同位元素(RI;ラジオアイソトープ)である32Pを農学に導入した人物であるのを思い出した。ヘベシーの名前は三井先生の駒場の教養学部での授業で聞いた記憶がある。ヘベシーこそがRIをトレーサー(検査をする際に調べたい対象を追跡する役割を果たすもの)として最初に研究に利用した人物です。

   

  また、セント・ジョルジの名前は「生体とエネルギー」というタイトルで服部勉氏(現東北大名誉教授)が名古屋大学教員である若い時に日本語に翻訳された本を、これも教養学部の時に読んでいたく感激したおぼえがある原著者名であるので、学会の会場での大学の学部長による紹介の顔写真を見て、いささか感慨を憶えた。
  
  余談になるが、このノーベル賞の人名簿を、学会に参加した日本人の若手研究者数人に紹介したのだが、誰1人この中の人物を知らなかった。ノーベル賞も地に落ちたものだ。もっとも最近のノーベル賞受賞は一分野で3人一緒にもらったりするので、小生もさっぱり日本人以外の受賞者の名前を憶えていないのだから、若手研究者達を非難することは出来ない。
     
   

        

(森敏)

秘密

トラックバックURL
→http://moribin.blog114.fc2.com/tb.php/873-757bb7f6