2008-04-13 07:26 | カテゴリ:未分類

広隆寺の弥勒菩薩

 

 

以前に訪れたときに京都市左京区太秦の広隆寺は午後5時にぴったりと門が閉まることを知っていたので、4時50分に建物の中に飛び込んだ。明かりを暗くした弥勒菩薩は、少し沈んでほほえんでいるように思えた。

 

ちょっと弥勒菩薩像が参拝者から離れすぎではないかと思ったら、案内の運転手がオモシロイ話を聞かせてくれた。 

 

昔は、もっとずっと身近で見ることができた。ところが参拝者でこの弥勒菩薩に惚れた人がいて、近寄ってキスをしようとして、菩薩が半跏思惟して軽く頬に寄せている右手の指(どの指かは知らないが)を折ってしまった。そんなことがあって以来参拝者から像を遠ざけざるを得なくなってしまった。

 

半跏思惟するこの仏像は釈迦入滅の56億7000万年後に、この世で悟りを開き、人々をどのようにして救済しようか、と考えている未来の仏陀の姿だと言うことである。ふーむ。 

 

時間がないので小生は、他に数十体ある仏像はざっと目で追っただけで、この弥勒菩薩像を正面の畳に腰掛けて凝視し続けた。脳裏に焼き付けたいと思った。何人かは畳に上がって正座して像を眺めながら沈思黙考していた。静謐な時間が流れる。 

 

デジカメを持っていたのでぜひ写真を撮りたいと思ったのだが、撮影は御法度であった。対面の信仰の相手にカメラを向けると言うことはあり得ないでしょう、という理由のようである。 

 

昔、確か高校生の頃訪れた奈良の中宮寺の弥勒菩薩は、小さな畳の部屋に置いてあり、本当に手の届く間近で見ることができたように記憶している。その時は「ああこれが教科書に載っていた弥勒菩薩なんだ」という以外はなんの感慨もなかった。だがいま、我が精神が少しは成熟してきたためなのか、こんどは中宮寺も機会をつくって訪れてみたくなった。

 

仏像との対面はまさしく自分探しであることがやっと分かってきたのかな。。。 

 

 

(森敏)

追記:最近入手した講談社の写真雑誌『日本の仏像』シリーズNo.50(2008.6.12.刊)では 広隆寺弥勒菩薩 が主題になっている(下の写真はこの雑誌からの転載です)。この記事によれば、1960年に大学生に薬指第2関節から先を折られたが、うまく修復できたとのことである。(2008.7.15記)

mirokubosatsu.jpg 

秘密

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