2010-05-11 17:06 | カテゴリ:未分類

議論が苦手な現代の学生たち

      

  テレビで、青山学院大学相模原キャンパスにある社会情報学部の新しい授業のやり方の試みが紹介されていた。

 

  教室には国連の理事会のように円形に50ばかりの座席が設置されており、真ん中に教員がいて、授業をやっている。授業に対しては、学生たちにIT機器を持たせて、その途中でも、学生たちが頻繁にその都度思いつくままにツイッターでつぶやきを書き込む。それらに対して、教師やほかの学生がたがいに応答する、というやり方の様である。つぶやきの主はたぶん手を上げない限り特定されないようになっているのだろう。

 

  これは今風の学生に見合ったやり方だと思う。だんだん活発に教師と学生、学生と学生がお互いに議論できるように教師が仕向けて行くのだろう。

 

  実は、大学評価で現場視察に行くと、「授業では双方向の対話を促進している」という大学側の自己評価書に書いている大学が多いのだが、実際にはそれが行われていない場合が大半である。

 

  まずもって、ほとんどの教室ではすべての座席が黒板に向かって並んでいるので、学生同士はお互いに顔が見えない。つまり学生同士が物理的に議論ができないような旧態依然たる教室の構造なのである。

 

  ある大学での少人数授業では机がV字型に配置されており教員と学生、学生と学生がおたがいに顔が見える関係にあり、たがいに議論ができる形を作っていた。各学生のテーブルにはお互いに見えるように自分で作った所属学科や名札が立てある。そして「○○さん、それは。。。。。。ではないですか?」というようにお互いに名前を呼びながら議論が成り立つようにしている。

     

  たとえこのような物理的な空間を用意していても、今時の学生は、自分のことをあまり知られたくない、という気持ちが強くて、最初は積極的に発言する学生が少ないのだそうである。疑問があっても発信せずに、ひたすら教師の言うことを聞いているという旧態依然たるの受け身の授業になりがちであるが、何とか相互の議論で授業内容を深めていく努力をしていた。

   

  最初に紹介した青山学院のツイッターを採用した授業のやり方は、最初は学生はおずおずとつぶやいているが、それが教員によって明るみに引き出されて、それがその場の話題として取り上げられると、学生達にも励みになって、自分の頭で考えて、発信してみることが楽しくなっていくのではないか、という解説が成されていた。

   

  社会や会社ではデイべートするのが当たり前なのに、その能力が鍛えられないまま、大学から社会にほうり出されて、人間関係が築かれずに沈没してしまう学生が少なくない。日本の大学は、あらゆる創意工夫をして学生の能力を引き出すように真剣に授業のあり方を変える時が来ている。受け身ではなく能動的な学生を育てるために。

       
(森敏)
    
付記:本日、柔道の谷(旧姓田村)亮子さんが、民主党から参議院選挙に立候補すると宣言して、世の中が涌いている。
    
彼女の立候補宣言やインタビューを聞いていると、非常に発言にメリハリがあり、積極的で、「有言実行」のタイプの人間であることが分かる。
    
日本の柔道界が育ててきた理想的な逸材だと思う。(政治の場ではいずれ泥まみれになるだろうが、彼女ならそれを克服できるノウハウをすでに兼備していると思われる)
        
大学でも学問の場で真剣勝負を繰り返せば、こういう人材がどんどん育成できるはずなのだが。

秘密

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