2010-05-10 10:02 | カテゴリ:未分類

「1Q84」の第3巻を読んだ

             

    新潮社の販売戦略に乗せられていることは分かっているが、村上春樹の「1Q84の第3巻」がやっと手に入ったので、土曜日の丸1日かけて読んだ。

           

  これまでの1巻と2巻の2人(青豆と天吾)のいわばダイアログで章毎に互いに並行する手法ではなく、この巻は3人(青豆と天吾と牛河)のダイアログが時系列的に章毎に互いに並行する手法で場面展開が行われており、この手法は少し新鮮であった。

         

  黒澤明監督の映画「羅生門」(原作芥川龍之介「薮の中」)の場合は過去の出来事に対して、被害者・加害者・目撃者という何人かの主観的な証言が、地震でいう震源地に達するのではなく、過去の事件が結局迷宮入り(薮の中)になるという展開であった。しかし、同じく3者が並行して場面展開する手法ではあるがこの小説では、事件が未来に向かって解決の方向で展開している。

         

  脅迫神経的な追跡を受ける青豆の側の場面展開の記述は吉村昭の「長英逃亡」を思い浮かべた。うんざりするくらい同じフレーズの繰り返しである、原稿料を稼いでいるとしか思えない。

         

  読んでいてこの第3巻を通底する<青豆と天吾が最後に結びつかなくてはならない>という必然性がまったく感じられないのだが、とにかく本の厚さだけでも力作だから無理して付き合って読んだ。

         

  読者は、夢の中でこの小説を読んでいると思ったほうがいいいだろう。「もともと小説とは現実に起こり得ないことを平然と述べるものである」、というような村上春樹の言辞をどこかで読んだことがあるから、この作者はもともと整合性のあるストーリー・テラーではないのであろう。

          

  ただ、あちらこちらに、気の利いた人生の警句めいたことがちりばめられている。それを読むと、この作者が成熟しつつあることが確認される。その点は面白かった。
         
  きっと第4巻目も出版されるのだろう。
       
   
  作者の文体の変化や生長が楽しみではある。
   
   
     
(森敏)

秘密

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