2010-04-25 10:39 | カテゴリ:未分類

紫宸殿の右近の橘(たちばな)

        

  偶然4月9日に京都の御所(ごしょ)内を一般開放しているということで、友人と一緒に、生まれてはじめて御所内を見学した。いつもは御所の高い塀の外側を砂利道を歩くだけで、疲れて仕方がないという印象であったのだが。
 

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新芽がまばらな紫宸殿前の右近の橘
  
    

  目にとまったのは紫宸殿の前での痛々しい「右近の橘(たちばな)」の姿であった。全身の枝に藁(わら)を巻かれて丁寧に保護されているのだが、新芽がまばらであった。
  
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満開の左近の桜

  

  これに比べて、「左近の桜」は樹が良く定着しておりすばらしく満開であった。


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手厚く保護されて葉が良く繁茂している
 平安神宮の右近の橘

   

  一方4月6日に訪れたときの平安神宮の「右近の橘」は数年前は悲惨な様相を呈していたが、現在は手厚く保護された成果が出てきており、葉が良く繁茂していた。今年は黄色い小さな実が数個実っていた。

   

  平安神宮も御所も一見透水性が良さそうな砂壌土なのだが、少し下は硬くて透水性が悪いのではないだろうか。あるいは気候条件が京都は橘などのカンキツには向かないのかも知れない。
  
  紫宸殿前の右近の橘の管理を担当している植木職人は、この樹が枯れないようにと気が気で仕方がないだろう。

            

(森敏)

付記:平安神宮の立て札には以下のように説明がされている。
 

右近の橘

平安時代以降、紫宸殿の南階下の西方に植えられた橘のことを「右近の橘」といい、儀式のとき、右近衛府の官人が列したことから名付けられた。橘はミカンの仲間で唯一の野生種であり、その実は古くから「常世国(とこよのくに)」の不老長寿の妙薬として珍重された。

 
  さつきまつ 花橘の香をかげば

    昔のひとの 柚(ゆず)の香ぞする

                  古今集

  

左近の桜

平安時代より紫宸殿の南階下の東方に桜が植えられ、儀式の時には左近衛府の官人らがその側に列したことから「左近の桜」と名付けられた。桜は清らかさを大事にする日本人の心を表すわすものとして、「日本の国花」にもなっている。

        
  敷島の大和心を人とはば

    朝日ににほふ山ざくらばな

              本居宣長

秘密

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