2010-03-30 11:14 | カテゴリ:未分類

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    非常に明るい眺望の土地柄

   

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生家の写真。

現在は左の離れ屋だけが移設されている。

    

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試験管の寒天の培養器に嫌気条件を作成する装置

    

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  北里が用いた単眼の顕微鏡

    

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       研究風景

      

北里柴三郎記念館を訪問した

   

  2年ほど前に『ドンネルの男 北里柴三郎(上・下)』(山崎光夫著:東洋経済新報社)という本が出たときに、彼がどんな環境で幼少時を送ったのか興味があった。北里柴三郎記念館というのが彼の生家の熊本にあることを知って、いつか訪問してみたいと思っていた。

  小学生の時に、コッホ、パスツール、北里柴三郎、志賀潔、等の伝記を読んで、その後の我が人生に大いに啓発されたせいもある。今回、熊本大学での植物生理学会に出席する機会があり、ついでにこの北里柴三郎記念館(熊本県阿蘇群小国町大字北里3199番地)を訪れた。

     

  北里柴三郎の生家は非常に日本的で明るい谷間の川岸に、向かいに山を見渡す開放的な農村風景であった(ただし現在はそこにはない)。この風景が彼の、決断力のある開放的な性格を決定づけたのではないかと勝手に考えた。

   

   

  数々の展示資料はいずれも興味津々のものであった。中でも多分<キップの装置>に亜鉛と硫酸または塩酸をいれて水素ガスを発生させて、破傷風菌の培養装置内を嫌気的条件にする、という実験器具を前にした北里柴三郎は本当に意気軒昂の気鋭の研究者に映っていた。

 

  小生は現在平行して、「セレンデイピテイと近代医学」(モートン・マイヤーズ、小林力訳) という本を読んでいるが、この本では、細菌学の歴史に北里柴三郎名が出てこないで、全部パスツール・コッホ・エールリッヒの業績として紹介されている。実に悔しいことである。

   

  精一杯頑張って多くの病原菌を同定したのだが、ノーベル賞には選考されなかった。当時の水準ではノーベル賞を2つぐらいもらっても良かった業績を挙げているとつくづく思ったことである。

   

  邸内への入り口での待合室で小母さんが入れてくれたコーヒーが何故かその場の古典的なアカデミックな雰囲気に似合っていてとてもおいしかった。

          

(森敏)

      

付記:「ドンネル」とはドイツ語の「雷」という意味である。何事も真剣勝負で、気性が激しかったのだろう。

秘密

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