2010-03-22 14:21 | カテゴリ:未分類

若泉敬氏の死に方

      

1972年の沖縄返還交渉時の「日米密約」の密使であった若泉敬(当時京都産業大教授)氏の密使としての使命を終えたその後の生き様に関して、週刊朝日(3.19発行,3.26発行)が関係者の意見を集約して2週(上・下)にわたって特集を組んでいる。

       

それによると若泉敬氏は何かすごくストイックで、密約の裏面史を公にした著作「他策ナカリシヲ信ゼンと欲ス」を1994年5月に世に問うたが、国は事実上それを黙殺した。彼はそのことに絶望した(?)

      

彼は、実は核持ち込みを容認した沖縄返還密約について沖縄に対する自責の念で自決の時期を再三うかがっていたが、かなわず、1996年7月27日膵臓ガンで病院から自宅に戻って、青酸カリ自殺したとされている。享年66才。

       

実はこの連載記事に関しての我が輩の単純な疑問は、彼がどのようにして青酸カリを入手できたのだろうか? ということである。

   

(管窺)

秘密

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