2010-03-16 13:33 | カテゴリ:未分類

大家は夢想する

 

 

京都の生態学派の開祖である今西錦司の女婿で建築学者の上田篤(79歳。京都精華大学名誉教授)の話(文芸春秋平成22年3月特別号)

 

 

“今西(錦司)のもうひとりの妹の婿で、南極越冬隊長だった西堀栄三郎もわたしにこんなことをいった。「驚いた! 義兄さんはいままで寝た女の事まで、すべて詳細にフィールドノートに記録してはるんや」 ”

 

    それはそれとして、小生にとっては上田篤先生の以下の指摘に大変興味をそそられた。

 

“・・・・・・

チャ―ルスダーウインは『種の起源』を書いて種の進化を問題にしたが、物事を部分でなく全体から見るホーリストの今西は、ホロスペシアという言葉を作って、個体と種社会のほかに種社会を束ねる生物全体社会なるものを構想した。そして『その三つが互いに歩調を合わせながら変わっていくものを生物の変化つまり進化』としたのである。というのもこの地球上にあるものは元みな一つ」だったからだ。「では一つのものがどうして変わるのか?」というと今西は「変わるべくして変わる」という。・・・・“

 

 

この話を読みながら、45年前の小生の恩師である故三井進午先生(東京大学植物栄養肥料学教室)との研究室の定例ゼミでのやり取りを思い出した。

 

定年前ころの三井先生は体調が悪かったのか毎週の教室ゼミに出てくることが少なかった。であるのだが、ゼミに出てきたときは、その発言は凛としており威圧感があり独壇場であった。今から考えると<躁(そう)>の状態であったと思う。

 

そんなとき、三井先生がいきなり「ファーテイリスフィアー(fertilisphere)という言葉を思いついたが、みなさんどう思うか?」という提案をされた。これを日本語に訳すと「肥料圏」という言葉になる。

 

当時植物栄養学の分野で三井研究室は「根圏」(リゾスフィアー:rhizosphere)での養分の動態を放射性同位元素(ラジオアイソトープ)を使って先駆的な研究していたことからの発想であった。

 

施肥した肥料成分でたとえばリン酸イオンなどは土壌中では非常に動きにくく拡散(diffusion)で根の表面に運ばれるが、硝酸イオンやカリウムイオンなどは蒸散流(mass flow)で根の表面に運ばれる、など、イオンごとに植物の根圏での動きが異なることが活発に研究されていたのである。

   

そこで三井先生は実際の野外で土壌に肥料を施肥した場合に施肥部位から肥料成分がどのように溶出して土壌中を立体的に動いていくのかを解明したかったのであろう。

   

しかしその当時小生は修士課程2年生であったのだが、生意気にも「すでにrhizosphere(根圏)という学問用語があるにもかかわらず新しくfertilisphere(肥料圏)という言葉を発明しなければならない必然性はどこにあるのか?」と三井先生に食ってかかったのである。

  

「新しい言葉が発明されなければならないばあいは既存の言葉が包摂する概念では説明できない事象がたくさん出てきて新しい言葉に止揚されなければならない場合であろう。まだまだそういう実験事実の蓄積がない段階での「肥料圏」という言葉の提案は単なる観念の産物に思えるのだが」と。

    

今から考えると実に生意気だった思う。三井先生はこの言葉を結局学会には広めなかったのだが、実際このような研究はユーロピム(Eu)などのトレーサーを用いて渋谷政夫氏などによって行われた。その後環境科学の分野では農地への施肥窒素が地下水汚染、河川の汚染、海洋の汚染をしている動態研究が15Nなどの安定同位元素を使って、日本ばかりでなく世界中で行われることとなったのである。

  

今から考えると三井先生のfertilisphereという言葉もあながち的外れではなかった。というよりも、植物栄養・肥料学から環境科学へのパラダイム変換を迫るむしろ非常に先駆的な概念であったように思う。

 

そこで話を元に戻すのだが、ホロスペシアと言う今西錦司の発明用語に対しては、その後の今西生態学派は全く冷たいようである。この言葉がどこかで息を吹き返す時代がそろそろ来たのではないかというような気もしている。

        

(森敏)

秘密

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