2010-03-14 11:10 | カテゴリ:未分類

外務省の機密文書が消失していることについて思う

  

昨年夏に、NHKでかっての日本海軍軍令部の人物達が戦後何回にもわたって反省会を開いている録音テープの中身が一部紹介された。その中で連合軍による極東裁判に対して、海軍出身者から決して死刑を出さないために軍令部の残党が徹底的に下工作したことが語られていた。その中には重要文書の焼却や関係国際裁判官との裏折衝もあったという。

     

つまり、結果的に起訴された海軍出身者は嶋田繁太郎 岡敬純 永野修身 の3人だけであり、しかも、永野は判決前に病死しており、嶋田と岡は、結局終身刑であり、死刑を免れた。海軍に比べて圧倒的に陸軍のメンバーが死刑と終身刑を受けている。陸軍は文書などもあまり焼却せず正直だったんだろう。阿南惟幾陸軍大臣は御前会議の後8月15未明、ポツダム宣言の最終的な受諾返電の直前に陸相官邸で自刃している。

  

今回の外務省における機密文書消失事件は戦後自民党政権下で外務省官僚が自分たちの責任回避のために得手勝手な事務引き継ぎをしてきたことを如術に示している。歴代の外相や外務事務次官を岡田外相の組織する何らかの<真相究明委員会>に引っ張り出して、真相を解明すべきであろう。そうでないと日本は後世代に誤った歴史を教育することになり、後代の日本人は日本人としての正確な歴史的アイデンテイテイーを損なうおそれがある。

         

岡田外相は自分自身が挙げた今回のクリーンヒットに対して何を逡巡しているのだろう。

    

      

以下はWikipediaからの抜粋である。

   

極東国際軍事裁判に起訴された被告人に対する判決

絞首刑(死刑)

終身刑

有期禁錮重光葵 7年) 東郷茂徳 20年)

判決前に病死 永野修身 19471月5没) 松岡洋右 19466月27没)

 

(管窺)
 
追記:

追記:知らなかったのだが、

 

週刊誌「サンデー毎日」の連載もので 「昭和史の大河を往く 第212回 保阪正康」が以下の文章を書いている。下記の3名が、海軍でも自決したということである。

    

昭和20年8月15日に海軍中将で第5航空艦隊司令長官の宇垣纏(まとめ)は、(玉音放送の後、軍律違反であることを知りながら)自ら特攻機に同乗し、南方の空に向けて飛んでいる。

    

8月16日に軍令部次長の海軍中将大西瀧次郎は次長官舎で割腹自決をしている。・・・大西はその遺書の初めに
「特攻隊の英霊に申す 良く戦ひたり 深謝す 最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり しかれどもその信念はついに達成し得ざるに至れり 吾死をもって旧部下の英霊とその家族に謝せんとす(以下略)」とある。

   

海軍の将官の自決は、この二人とグアムで自決した升田仁助少将である。

   

秘密

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