2008-04-02 14:34 | カテゴリ:未分類


島木健作の碑

 

   札幌の大通公園を真っ直ぐ東に向かうと右側の道路沿いに小さなコンクリートの標識が立っていた。表面のペンキがはがれているが、かすかに「小説家・島木健作生誕地」と読め、以下の記述があった。

 

  「明治36年(1903)9月7日、本名、朝倉菊雄はここ北一条西?丁目の一角で生まれた。西創成小学校、私立北海中学校などに学び、北海道拓殖銀行や北大付属図書館にも勤めた札幌っ子である。<北方人の血と運命>を一身に背負いつつ昭和10年代に「生活の探求」「赤蛙」等の日本の文学史に残る優れた小説を発表したが、「嵐の中」「北方の魂」「礎」「土地」の諸作では故郷の風土を見事に描いている。敗戦直後の昭和20年(1945)8月17日に鎌倉で没した。」

 

中学生の頃、島木健作の「生活の探求」を読んで深く影響を受けた。芦屋の家の 5メートルx10メートル ぐらいの瓦礫がいっぱいのやせた土壌の狭い庭を何も植えずにおくのは“もったいない”という気がして、一人でせっせと鍬で耕してアカカブを植えたことがあった。母は笑ってみていたが。カブはわずかしか収穫出来なかったが、けっこう充実感があり楽しかった。カブは細切りにして酢和えに、葉っぱはみそ汁に入れてくれた。

 

この小説で「転向」という言葉の意味を何となく知ったが、その後の人生で、この言葉はいつも脳裏から離れていない。年を取るごとにこの言葉の意味がますます深まって来るように思われる。

 

(森敏)

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秘密

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