2010-02-15 16:18 | カテゴリ:未分類

「伸びきったゴム」はどうすればいいのか

      

松本紘(京大総長):今の学生は例えてみれば「伸びきったゴム」。これ以上伸びる余地がない。残念ながら、学生の質は低下しています。

      

と、濱田純一東大総長 X  松本紘京大総長との対談「タフな学生育てます」(文藝春秋2010.2.1号)で述べている。

     

  これで思い出したのだが、小生が灘高に入学した年に、東京外語大の出身で受験業界では有名であった英語の教師が、ある時

「僕らは君たちを、旧帝大の有名校に入れてあげるが、そのあとのことは知らんよ。なぜなら君たちの能力を限界にまで、我々教師は引き延ばすが、大学に入ったときは、君たちは伸びきったゴムのような頭になっているはずだから。それ以上伸びるはずがないんだよ。でも、その有名大学を卒業して社会に出れば、旧帝大卒の学歴が物を言うので、最低限の生活は保障されるだろうからありがたいと思いなさい」

と、のたまったことを鮮烈に憶えている。

   

  ずいぶん僕らを馬鹿にした話だなと、その時はむっとしたのだが、この男子ばかりの高校で同じことの繰り返しの、条件反射を競う受験漬けの勉強をしていると、自分の考えで物事を進める習慣が枯渇してどんどん頭の柔軟性が低下していくのを実感した。

   

  実際、公立の芦屋市精道中学校からこの私立の灘高に入学した直後は小生は現代国語の成績が学年で一番であったのだが、3年生の卒業時期に近くになると現代国語だけは全国テストの平均値よりも低いくらいに急激に低下して行ってしまった。すなわち、たった3年間で見事に情操が欠落した人間形成が行われたわけである。

    

  小生より少し年下の濱田総長は同じ灘高の出身なので、在学中にこの英語の教師の話を聞いているかも知れない。松本総長はどこの出身か確かめられなかったが。

       

  問題は、松本総長が言うように伸びきったゴムは、もう一度弾力を回復させることが本当に不可能かと言うことである。そうだとすればそういう学生ばかりを受け入れざるを得ない現在の一流大学は悲劇である。教師がいくら努力しても、学生が変わりようがないからである。

         

  そこでこの対談で松本総長が提案しているのは、大学に入学したら「今までの頭のなかを空っぽにしなさい」ということである。実に至言だと思う。これは、実はそういわれなくても普通の学生ならば平衡感覚で、今まで自分になかったものに惹かれたりして、大学入学後はけっこう無意識のうちにやる適応行動である。しかしそれをやらずに、相変わらず受験勉強のスタイルを大学で維持している学生は、本当に伸び悩む可能性が高いように思われる。

        

  人間の大脳の容量は二十歳代から下降線をたどっていると言われているから、脳の記憶の中身を捨てなければ、新しい情報は入ってこないのではないか。コンピューターでもハードデイスクの残りの容量が少なくなってくると、急速に計算速度が落ちたり、検索速度が落ちたりするではないか。ましてや独創性を発揮するための回路の自由度が徐々に低下していくのは理の当然では無かろうか。

      

  大学への新入生は受験勉強のときの中身(生き様)は全部忘れて、文化や芸術やスポーツに没頭して、頭のなかをシャッフル(ごわさん)することが、次のステップへの必須の条件だと思われる。我々の世代は、学生運動への参加もその一つの態様でもあったのだが。大学はそのための多様な容器を提供してあげる必要がある。そのようにして伸びきったゴムに再度可塑性を与えるのである。

        

  大学入学後寮生活をしていると、大学入学後の新鮮すぎる男女関係に籠絡されて、一時は耽溺して沈殿してしまった友人も何人かはいたのだが、何年か後には結構自覚を取り戻して、立派な社会人としての人生を送って行ったのが大部分であったように思う。

          

(森敏)

 

秘密

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