2009-12-08 15:00 | カテゴリ:未分類

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    芦屋神社の新しい鳥居と石柱

(右はハレの産着の赤ん坊を抱く若い父親)

  

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        新しい社務殿

  

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  高額の寄進者銘の石柱と手洗い場の龍

  

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    幹の太い年代物のヤマモモの樹

 

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       中空の大木の幹

 

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       お守り

      

芦屋神社再訪

   

中学校の同窓会のホテルの会場に早く着きすぎたので、フロントに荷物を預けて、芦屋神社(昔は天神さんと呼んだ)に出かけた。約50年ぶりである。当時は、神社の付近は、木々がうっそうと茂っていて寂しい雰囲気であった。春にはウグイスが鳴き夏にはコバノミツバツツジ(市の花)があちこちに咲いていた。今は崖が切り開かれて、斜面に人家がせり上がっており、鳥居のすぐ側まで迫っている。そればかりか、神社のさらに上の崖にも民家が建てられて、残念なことに正面から見た神社の景観がそこなわれていた。

  

神社の案内版によれば、平成7年の阪神淡路大震災で大被害を受け、平成14年に現在の立派な社務殿が竣工されたとのことである。その時の大口の寄進者達なのか、この神社の周りに無数に建てられている比較的新しい名前入りの寄進の石柱は最低でも50万円の単位である。かなりの数の裕福な人がこの神社を支えていることが分かる。

  

昔はなかったと記憶する大きな立派な石の鳥居が建立されていた。裏面を見ると平成11年7月建立とある。その下で若い夫婦と赤ちゃん(初孫?)とおばあさんが写真を取り合っていた。

  

園内のヤマモモは目の高さの直径が50cm以上有ると思われ、樹齢200~300年ということである。こんな大きなヤマモモをこれまで見たことがない。六甲山は花崗岩の砂質で極めて貧栄養なのだが、よくこんなに大きく成長したものだと素直に感心した。この土壌に適しているのだろう。この木の根は何か強力な化合物を出して土壌の成分を溶出しているか、根の周りに有用菌が共生していて、それが花崗岩からの養分を摂取して、親の樹に供給しているのだろう。

  

庭の小さな社には円形に樹の中身が腐食してくりぬかれた直径1メートルばかりの大木の断面が飾られていた。これを飾ることにどういう意味があるのか分からなかったのだが、面白いおまじないだと思った。「世の中丸く収まれ」という意味なのか? この木の皮は一種の化石なので、その気になって重金属や炭素や窒素を分析すれば、旧い昔の芦屋の大気や土壌の状況を記録してくれているだろう。貴重な生物化石として大事に保管してもらいたいものだ。 

  

そういえば、昔日本アンデパンダン展で有名だった芦屋市在住の吉原治良画伯は画面に大きな一つの○を描くので有名だった。案外この断面から発想したのかも知れないな、等とも想像をたくましくした。(ちなみに、吉原画伯の墓はこの芦屋神社に近い芦屋市民墓地にいかにもモダーンな装いで在る。)

   

最後に、孫に「知恵守・健勝守」というお守りを買って、1時からのJR芦屋駅前での同窓会に間に合うようにゆっくり下山した。

     

(森敏)

追記:仏像の写真集を見ていたら、全国を放浪した素朴な笑顔の仏像の彫刻家である木喰上人の歌が載っていた。

  みな人の心をまるくまん丸に

    どこもかしこもまるくまん丸

         木喰

 

 

秘密

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