2009-11-15 14:38 | カテゴリ:未分類

固有名詞を思い出せないことで、<思考回路>の退化が救われているのかも?

   

昨日の大学の同窓会では、各人が短いスピーチをさせられたが、小生の番になって、しゃべっているときに、

  

1.小生の直前にしゃべったばかりの「塚君」の苗字を他の同級生の「塚君」と言ってしまった。

  

2.オワンクラゲのgfpタンパクでノーベル賞をもらった下村○先生の名前を思い出せなかった。

  

3.今をときめく脳科学者○○健一郎氏の苗字を思い出せなかった。(1億円脱税した奴だろう?という同級生からのヤジ有り)

  

4.紫式部というべきところを光源氏といってしまった。話し終わっても紫式部の名前が出てこなかった。(頭の中には十二単(ひとえ)のイメージはあったのだが)

      

先日の研究室のパーテーでも、みなさんと話をしているときに、

  

5.中国人女子留学生で、この4月に修士号をとって母国に就職して帰っていったばかりの△□嬢の氏名が思い出せなかった。

  

6.その時の話の流れで出てきた数年前まで小生がアメリカで買って来て飲んでいた○○○○○という脳下垂体ホルモン(入眠剤)の名前をどうしても思い出せなかった。

     

上記の2ヶ所での健忘症状は、あまりアルコールに強くもない小生がビールを飲んでいたせいだからだとも思われる。

     

が、実はブログを書いている時にも固有名詞の忘却は実に激しいモノがある。コンピューターの驚異的な情報量と効率的な検索機能に頼りきっていると、結局、固有名詞を忘れやすくなる。

     

しかし、自分自身の総脳細胞が急速に現在進行形で死滅しているので、総記憶容量は縮小の一途をたどっていることをいつも自覚させられている。

    

 思考のために使われる脳の容量を低下させないために、固有名詞などを憶えるための脳の容量を、小生は無意識のうちにコンピューターに<外化>(横づけ)させてしまっているのではないだろうか?

        

したがって、思考回路のために必要な記憶容量だけでも辛くも維持するためには、敢えて記憶の中の固有名詞の「忘却」も「よかろう」として、己を慰めざるをえない。

       

しかし、目の前の人の名前をすぐに覚えられなくなったり、すぐに思い出せなくなったりするのは、目の前の相手を不快にさせてしまうので実に実に困ったことだ。

     

人名だけは脳の記憶容量の特別室に隔離しておいて引き出しの開け閉めを容易にしておきたいのだが、残念ながら固有名詞群の記憶の容器の中には人名も一緒に埋没してしまっているように思われる。

      

その混沌(こんとん)の中から固有の人名をかき分けて探し出してくるのには非常に時間がかかる様になったのである。

      

     

(森敏)

付記:忘れた固有名詞は、下村脩(おさむ) 、茂木健一郎、メラトニン です。

秘密

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