2009-11-11 14:48 | カテゴリ:未分類

政治家は「平和」を語っても特定の「宗教」を評論すべきではない

      

宗教はイデオロギー(つまりその宗教の教義を絶対的に信じるかどうか)であるので、政治家は宗教を語るべきではないと思う。

    

いろいろな宗教について哲学者が学問の対象としてあれこれ語るのは自由であろうが。

    

そうでないと、必ずその政治家は敵を作ることになるだろう。

     

ましてや本人が政権党の代表である場合は、その発言が直ちに国際問題となって、跳ね返ってくるだろう。時と場合によってはその代償は非常に大きいだろう。

       

であるから今回、民主党の小沢一郎幹事長が11月10日、和歌山県高野町の高野山・金剛峯寺を訪ね、102の宗教団体が加盟する「全日本仏教会」会長の松長有慶・高野山真言宗管長と会談し、会談後、記者団に、会談でのやりとりについて、

      

「キリスト教もイスラム教も排他的だ。排他的なキリスト教を背景とした文明は、欧米社会の行き詰まっている姿そのものだ。その点、仏教はあらゆるものを受け入れ、みんな仏になれるという度量の大きい宗教だ」、「キリスト教文明は非常に排他的で、独善的な宗教だと私は思っている」

   

と語った、と報じられていることは実に政治家の発言としては不用心である。

       

宗教は一種の阿片(麻薬)であるので、なかなか人々はそのへりくつ(又は超理屈)を含めた論理の公理系から抜け出ることが難しい。どの宗教も一見 <世界をきれいに説明してくれている> ので、人々は自分が信じた宗教に安住したいのである。

      

鳩山由紀夫の「友愛」もそうである。しかし民主党は国民にも、世界にもあまり「友愛」を強制しない方がよいと思う。

   

哲学的研鑽をしていない政治家が宗教を語るのは危険である。

         

(管窺)

秘密

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