2009-08-16 18:30 | カテゴリ:未分類

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      ゲッペルスの死

  

日独の情報将校の敗戦と自決

      

Wikipediaによれば、

ナチスのパウル・ヨーゼフ・ゲッペルス(189710月29 - 19455月1)は、国家社会主義ドイツ労働者党3宣伝全国指導者、初代国民啓蒙・宣伝大臣。「プロパガンダの天才」「小さなドクトル」と称され、アドルフ・ヒトラーの政権掌握とナチス・ドイツの体制維持に辣腕を発揮した。敗戦の直前、ヒトラーの遺書によってドイツ国首相に任命されるが、直後に自殺した。

 

つまり忠実な情報将校であったらしい。彼は、昨日のNHKの映像では、子ども4人を夫人が青酸カリ自殺させ、夫人と自分は拳銃自殺した。

 

日本では、終戦直前の戦意高揚のプロパガンダを阿南惟幾陸軍大将の下、その秘書をも兼務していた陸軍大佐親泊朝省(おやどまりちょうせい)が担っていたようである。つまり彼も忠実な情報将校であった。阿南は8月15日日本の敗戦降伏の日に自決した。親泊朝省はそののち、9月2日ミズーリ号での降伏文書が調印された翌日に、小学4年生の娘、小学2年生の息子には青酸カリを飲ませ、妻と自分は拳銃で一家4人で自決した。(「終戦で自決した叔父」岸朝子 文藝春秋9月特別号)

   

親泊はゲッペルスの死に方を知っていたに違いない。

   

(管窺)

 

 

 

秘密

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