2009-08-10 15:01 | カテゴリ:未分類

宮沢賢治と自然科学

   

東北新幹線に乗ると、トランベール(Train Vert)というタダで持ち帰れる広告雑誌が座席の前のシートの網棚に入れてある。その2009年7月号に「特集 宮澤賢治理科教室へようこそ」というタイトルで宮澤賢治の創作童話にまつわる話が載っていた。

   

宮澤賢治は盛岡高等農林学校の肥料学教室の出身である。その後、その理由の詳細は不明だが、研究者としては未完成のまま、詩や童話の創作活動を通じての仏法の<布教活動>に傾斜していった。そういう人物なので、彼の創作物の中に巧妙にちりばめられた科学用語が、実は小生には鼻について、あまり好きではない。ペダンテイック(知識をひけらかす)といおうか。。。

   

しかし、日本の多くの詩人や小説家が、彼の該博な博物学的な知識にコンプレックス(劣等感)を持っているためなのか、過去・現在を通じて彼の創作童話や詩を無条件で絶賛する人が多い。日本の物書きにはそういう傾向が、現在でも続いていているようで、解剖学が出自の養老孟司氏などの独断と偏見のレトリック(修辞学的)評論には、ほとんどの作家はべたほめで無批判である。

    

話が横道にそれた。さて、この本、トランベール7月号であるが、岩手県には賢治研究家がたくさんいるらしく、いくつかの「賢治研究会」という組織もあるらしい。そのメンバーには彼の創作の原点を探るべく、賢治の作品の中に出てくる山や川や岩石や星などに関して、自然科学的考証に情熱を燃やしている官民の研究者が大勢いるようである。この本ではそういう人々が登場して、賢治の作品にでてくる文言(もんごん)に即して岩手県の現場を自然科学的な目で踏査した写真と解説が沢山載っている。つまり、賢治の文言にはきちんとした体験に裏付けられた証拠がある、と言いたいらしいのである。賢治研究者にとっては、それが分かることが何とも言えない快感らしい。

    

文学作品と自然科学を結ぶこの手法はなかなか面白いと思った。賢治は普及員として農民への施肥設計などを行っていたので、そこで鍛えたインタープリター(自然現象などを普通の人に興味深くわかりやすく説明する)の能力が、文学作品に開花したのかも知れない。

 

そこで使われている賢治の説得の手法は、ほとんどが、「たとえ話」 即ち <アナロジー> である。

         

(森敏)

追記:書棚を整理していると、今はなき岩手大土壌学教室教授の井上克弘先生の著書である

『石っこ賢さんと盛岡高等農林-偉大な風景画家 宮沢賢治-』(地方公論社)(平成3年刊)というのが出てきた。これには宮沢賢治が収集した岩石標本が岩手大学の土壌学教室で発見され、その由来が写真入りで説明されている。(2009.8.24. 記)

 

 

秘密

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