2009-05-29 19:08 | カテゴリ:未分類

パフォーマンスに専念する検察の姿

  

裁判員制度が発足して、法廷での被疑者の有罪印象を事前に作るために、検察による“がさ入れ”のパフォーマンス(演技)が連日のようにテレビや新聞をにぎわせている。これは完全な「やらせ」としか思えない。

 

これまで多くの捜査は、もしも被告が冤罪であった時のことも考えてか、捜査官の顔や被疑者の顔が、確認されにくい夜中やマスコミに事前に知らされない日時に行われていたが、現在はすべて捜査の日時がマスコミに開示されて、白昼堂々と捜査員が行列をなして建物に入っていく“がさ入れ”が行われ、それが連日放映されている。あたかも正義の味方の検察が敵陣に今から乗り込むんだと言う雰囲気を醸し出している。

 

逮捕した被疑者の顔を服などで覆わせずに、被疑者の「しらふの顔」を堂々と全国民に見せることも積極的に行っているようである。

 

いつも大量の捜査官を動員して、そのうちの何人かがわざとらしく空のダンボールを抱えて、ビルなどの現場に乗り込んでいる。検察庁にはよくもこんなに暇な人材がいるもんだと、あきれ返るほどである。だいたい若い捜査官が派遣されているようである。同じ人物が捜査員として派遣されているのかどうかは、今のところ不明であるが。

 

最近はマスコミも遠慮せずに捜査員の顔をアップで撮影するようになった。捜査員の側もそれを拒んではいないどころか写されることがまるで快感のようである。いずれマスコミの方々には、東京地検と大阪地検などの捜査員の顔写真をリストアップして氏名入りで開示してもらいたいものだ。彼らは、公務員だから個人情報だと言って拒むことはできないだろうから。

 

このようにして証拠物件の押収や、被疑者の顔を見せて逮捕した後に、まだ証拠が確定していない内容の、推測記事をあたかも事実のように、検察側は記者会見で垂れ流している。それをマスコミは全くの無批判に、右から左へ、一方的にたれながしている。垂れ流される内容が少しずつ修正されたりしている。検察による小細工の情報操作が行われている事が明白である。

 

検察のやることは正しいというすり込ほど恐ろしいものはない。大久保秘書の逮捕で民主党小沢党首の辞任を勝ち取ったと言う事実で、検察側は権力の味をしめたのだろう。検察庁がやりたい放題の現状は、まさしく検察国家の到来である。

  

繰り返すが、これら大量の捜査員を動員しての捜査はすべて裁判員制度を考えての、検察側による素人の裁判員に対する積極的な事前の「刷り込み」操作である。

  

つまり、ある市民が裁判員になって、ある事件を担当することになった時に、「あー、この事件は昔テレビで放映された、あんな悪いことをした人の事件だったなー!」と“第一印象”で思わせるための検事側による積極的な情宣活動なのである。

  

裁判員は検察がやる事は正義であるなんて絶対に思ってはいけない。まず検察のやることを疑ってかかるべきなのである。検察にチェックをかけるのが裁判員なんだから。

   

(管窺)

秘密

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