2009-05-26 09:49 | カテゴリ:未分類

アメリカの大学では法学部ゼミが冤罪事件の支援に無償で取り組んでいる

   

アメリカの大学で、弁護士資格をもった法学部教授が、ゼミの学生の教育の一環として、陪審員制度で有罪判決を受けても獄中で無罪を訴えている被告に対して、これを冤罪事件として支援活動させる実態がテレビで紹介されていた。大学だから出来る無償の活動である。多くの大学が取り組んで無罪を勝ち取った実績があるという。これまでに冤罪235件(?)を無罪に勝ち取って、救済したと言っていた。

 

これは将来法曹界で活躍する人材養成の訓練としては素晴らしい試みであると思う。

 

アメリカでは被告にされた人物が弁護士を雇えなくて、自己の無罪をうまく法的に主張できなくて、陪審員制度で評決の結果「有罪判決」になるケースが非常に多いということであった。アメリカは今でも<貧困ゆえに冤罪に陥る>社会なのである。

 

これに対して、日本の大学では法学部の学生は現在どういう実践的教育を受けているのだろうか? 留置所や刑務所内部の状況や、裁判所での弁護士・裁判官・検事の互いのやり取りの状況を実況見聞したり、弁護士事務所でインターンシップをやって実践的な弁護活動などを行うカリキュラムが組まれているのだろうか?

   

日本では先日から裁判員制度が発足した。この結果、大学の法学部ゼミでの学生に対する教育も、単に法律を暗記したり、条文の解釈に長ける能力ばかりでなく、より「実践的な能力」を鍛える方向に向わざるを得ないだろう。

  

ここでいう実践的な能力とはどういう意味なのかというと、何よりも一般人である裁判員(市民)よりも非常識な裁判官や検事では、実際の裁判の場で「それでもプロか?」と裁判員から笑いものになるだけであろうということである。今後裁判の場ではそういう非常識な裁判官があぶりだされてくるだろう。

 

実際、日本の現状では「痴漢」・「窃盗」・「酔っぱらい」・「交通事故」などで免職になる判事や検事が結構いる。理解に苦しむ論理構成の強権的判決文を書く裁判官もごろごろいる。

    

大学から法曹界にどういう人材が供給されるべきだろうか? 「裁判員制度」は、単に裁判員になる一般人だけでなく、法曹界に対しても、緊張が強いられているというべきであろう。

  

現行の「法科大学院制度」では教育科目の中にいわゆる「一般教養科目」を一定の割合で導入することが義務づけられている。その目的は「常識のある法曹界の人材」を育てるためであると、法科大学院の設置目的に唄われている。しかし、その常識を養うべき科目の中に、残念ながら、いわゆる「実証」のセンスを養うべき理系の科目は非常に少ないようである。

     

裁判員制度ができて、法学部出身の司法界に進む卒業生にはこれまで以上に“常識(コモンセンス)”が求められるだろう。私見ではこの常識とは <裁判での真の「証拠」とはなにか?> という自然科学的なセンスであると思われる。近代裁判での決定的な証拠は「自白」それ自体ではなく、あくまで裁判は「証拠(Evidence)に基づく評価(Evaluation)」 であるのだから。

    

また、我々のように60歳以上の世代では、学園闘争のデモなどで一度は逮捕されたり拘留されたりして、<臭い飯>を食ったことがある政治的な確信犯の人物がごまんといるので(のべ数万人は居るのではないか)、かれらは若いときに“国家権力”を直に体で経験している。

  

しかし最近の若者はそういう経験がないので、“権力(検察や裁判官)の誤り”に対する警戒心がゼロに近い。

 

最近の一例を挙げよう。

現在、中央大学高窪教授の刺殺事件に関しても、マスコミは検察側からの一方的なリーク情報を連日のように垂れ流している。その洪水のような情報の中で本当に科学的批判に耐えうる情報があるのか、我々は裁判員になったつもりで、冷静に見守らねばならない。今回施行された裁判員制度を意識して、検察側は、「この容疑者はこんなに悪いヤツだ」という印象作りに躍起であると言っても過言ではない。

  

私見では、

「高窪教授の指の爪の間にあった微物(?と言う法律用語があるらしい)のDNAと被疑者の口腔から(被疑者の了解を得てと称している)採取したDNA鑑定が一致した」という報道が一番科学的な鑑定結果だと思われるが、これにも疑問が残る。その理由は、

 

たとえば、

<その微物(?)は本当に高窪教授から採取した物なのか> を検察側は客観的に証明しなければならない。これが実は被疑者に何気なく爪を切らせて、そこから採取した微物(?)であったのなら、被疑者の口腔から採取したDNAと鑑定結果が一致するのは理の当然であろう。このような作為、すなわち検察側による証拠の偽造がないとは決して云えない。将来の裁判員候補である国民は鑑定書作成の裏側にはそのような操作もあり得るのだと言うことを常に念頭に置いていなければならない。

     

この事件の場合、重要な物証となりうる、被疑者が使用して投げ捨てたという刃物も、どこで購入して、どこに投げ捨てたのか?未だに見つかってはいない。

         

(管窺)

秘密

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