2008-01-26 11:28 | カテゴリ:未分類

川上未映子の文体

 

第138回芥川賞に決まった川上未映子(かわかみみえこ)女史の「芥川賞を受賞して」という文章を読んだ(1月23日朝日新聞)。女史の受賞作「乳と卵」をまだ読んでいないが、この新聞での女史の文体がとても気になった。新聞の縦1行は16文字数であるが、女史のこの文章構成は、いきなり9行から始まり,11行、3行,3行,1行,1行,9行,3行,4行,8行,9行、8行,7行、1行、8行で構成されている。異様に1つのセンテンス(コンマでなくてピリオドで終わるひとつづりの文章)が長い場合がある。この彼女の文章の場合は最長の11行というのは176文字もある。読んでいてすぐに作家の野坂昭如の文体を思い出した。野坂の場合は感情の流れに沿って、連想方式でだらだらと万葉調に語りを続けるのが特徴である(「火垂るの墓など初期の頃はそれが魅力でもあったのだが、年を取ってからはひたすら原稿用紙の升目を埋めて原稿料を稼いでいるとしか思えない文章が多かった)。しかし川上未映子の場合は一応、一文の長たらしいセンテンスの場合でも起承転結がある書き方になっている。その次に時に短い文を入れて、たくみに序・破・急を付けているように思われる。

 

評論家の立花隆氏は「文章は簡潔に簡潔に!」と学生には講釈しているらしいが、これは評論家や科学論文の場合に適した文体なのだろうと思う。英語文で言えば関係代名詞を使って“入れ子”になった複雑な文章を書く人はアルツハイマーになりにくいという医学研究結果があるとかを確か雑誌の「文藝春秋」での対談でどなたかが話していた。現在、科学論文では関係代名詞は嫌われる。まさに簡潔に!がモットーである。科学の世界では何が言いたいのかがすっと相手の頭に入らない文章は駄文である。This is a pen. という順序がもっともシンプルでわかりやすい文体である。

 

裁判での判決文などは、本当に頭のいい人の文章なのだと思う。いったい何が言いたいのかが最後の最後に来なければわからないようにだらだらと関係代名詞でつないだ[入れ子]の構造になっている文章が非常に多い。裁判官は厳密かつ正確を期したそういう文章を書くようにと、きっと訓練されているのだろう。その意味において司法や立法に携わる人たちはきっとアルツハイマーになりにくいだろう。他の職種に比べて法学部出身の先生方は政治学者以外はけっこう長生きで現役の方が多いように思う。

他にだらだら文の筆頭格の小説家は大江健三郎であろう。彼の翻訳調の小説は読むのが苦痛である。評論文もしかりである。小生に学がないため、ついていけないでいる。何であんなにむつかしく書くのだろうか?理解に苦しむ。初期の作品以外はいまもって「積ん読(つんどく)」になってしまっている。意外に小生のまわりの評判も彼の小説に関しては積ん読派が多いようである。それも多様な文体のひとつなのだから仕方がないが。

 

まだ若い川上未映子女史には、小生の好みとしては、出来るだけだらだら文をひかえて、次々とヒット作をとばしてもらいたい。

 

(森敏)

秘密

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