2009-03-28 18:31 | カテゴリ:未分類

「食品検査の市場は拡大する」 に思う

 

此処(ここ)のWINEP事務所に 「日経MJ」という新聞が投げ込まれていたので、珍しさもあって読んでみた。その紙面の記事の中に 『フードセイフテイーへの国際的視座』 というタイトルで、サーモフィッシャーサイエンテイフィック(米国)のDrスチュアート・P・クラム社長が以下のように述べている。

 

(略)・・・食品検査の市場は二百兆円規模のグローバルビジネスになる。分析機器・試薬のメーカー・サービスプロバイダーとして売上高約一兆円を誇る当社は、日本を含めた40カ国以上に拠点を置き、百五十カ国以上で事業を展開している。・・・・(略)

 

これは例えてみれば、「人類が罪人を検挙するために『警察』を必須とするごとく、食品偽装を摘発するために『食品検査会社』は人類にとって必須の組織である」と高らかに宣言しているようなものである。

 

  しかし、それはそうかも知れないが、あまり誇らしげに食品検査が有望市場だなどと威張ってもらいたくはないものだ。こういう事業は人類にとって必須かも知れないが、いわば“負の経済活動”とでも呼ぶべきものだろう。いわば悪に巣くう業種といえようか。クラム社長が言うように今後、おそらく分析機器や試薬が売れに売れて、経済的にはGNPの向上という景気対策にも貢献するのだろうが。

 

  食品検査は典型的な安全・安心のための経済市場であるのだろうが、こんなもの(精密分析)を必要とする規制を記載した法律を整備すればするほど食品の価格が上がっていくのは目に見えている。同時に、ちょっと考えてみればわかることだが、食品の安心・安全を維持するための消費エネルギーもますます上がっていくだろう(すなわちCOの発生量も多くなるに違いない)。

  

  しかし、こういう職場は研究者にとってはあまり元気になれない職種ではないだろうか? 私見では、そういう現場から新しい科学の萌芽が出てくることも今後はあまり期待できないのではないだろうか。

 

  小生はすでにこのブログでも過日書いておいたのだが、若いときにいくつかの公害問題に奔走していた。当時は公害の発生源の究明や、毒物の毒性作用のメカニズムを追及する面白さがあった(と思っていた)。しかし、ある時地方の大学で開催されている学会に参加したときに、その構内で偶然出会ったさる有機化学の大先輩は「そういう研究はサイエンスとして面白いですか?」という根本的な疑問を小生に投げかけてきた。

 

彼にとっては面白いということが肝心なのである。新しい有機合成化学反応を見つけるとか新しい化合物を合成するということは極めて明解な研究目標であるので、面白いということは彼のサイエンスとしての基準であったのだろう。それに対して、小生のやっていたことは、彼から見れば公害をモニタリングしたり、摘発したりするという義務感でやっていることなので、それはサイエンスではないのではないか?という極めて古典的な科学観からの問いかけであったのである。(当時はまだ良く知らなかったのだが、その後いろんな先輩の話から、唯物論研究会など共産党系の組織がいろんな公害問題に取り組んでいた時期があったとのことであった。結局若いときは公害問題に熱心に取り組んでいたが、なかなか学問としての成果が認められがたい時代であったので、運動から脱落してアカデミーの世界に帰っていった研究者が大部分であった、ということであった)

 

  つまりサイエンスの絶対的な評価基準である「独創性」や「先駆性」という観点から見れば、“人間が意図すると否とに係わらずに犯した罪”の実態を解明するような公害研究は、確かに必要なのかも知れないが、それはあまり質が高い研究とは云えないのではないか、と言いたかったのだと、今になって思う。

 

しかし、当時は若かったので、公害研究で小生がささやかながらも試行錯誤で独力で明らかにしてきた課題解決型の研究は、それなりに新鮮で面白かった。実際、学問的にも『公害研究』が発端になって『環境研究』に問題がグローバルにすり替わっていったのだが、その結果、それまでわからなかった多くの地球環境問題に関する成果が得られている。(たとえば、①大気圏炭酸ガス濃度の増加(いわゆる地球温暖化問題) ②NOx、SOx、フロン、メタンなどによるオゾン層の破壊(これはノーベル賞につながっている)③土壌・植物・人間を巡る重金属の濃縮(有機水銀、カドミウム、ヒ素など) ④難分解性ダイオキシンの強毒性の作用機作 ⑤酸性雨による森林崩壊 等々数えればきりがないが)。つまり公害問題は自然界の法則性を解明するという点ではサイエンス(学問)たり得たのである。

 

  現在では幸いにも「独創性」や「先駆性」という研究評価項目ばかりでなく「社会・経済・文化への貢献」という学問一般に対する研究評価項目も定着してきたので、公害や食品偽装に対する技術開発や研究もきちんとその成果が評価される様になっている。しかしほとんどサイエンスとしては原理的な問題が出尽くした感があるので、新たなパラダイム変換を迫るような成果が今後も得られるのかどうかはなかなか厳しい状況ではないかと思われる。

 

食品検査のように人間活動のネガテイブな側面を指摘してそれを摘発することも「安全」・「安心」の通常科学として必要である。が、サイエンスとしては、これまでの人類の生産や消費活動で地球環境や体内環境を攪乱してきた、そのネガテイブな環境を修復して正常な食べ物や物資やエネルギーの循環系に如何にして戻すかが最も問われているように思う。どこかでも述べたのだが 修復(Remediation) こそ、21世紀の科学技術のキーワードではないだろうか。

 

即ち、壊れた(壊した?)物や心を組立て直す総合科学としてのサイエンスが問われている。

  

(森敏)

 

秘密

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