2009-03-27 17:04 | カテゴリ:未分類

学問が突き抜けるとき

 

小説現代2月号(2009年)に[バイオグラフィ 須磨久善] というタイトルで外科医の須磨久善氏と作家の海堂尊氏が対談している。

 

須磨氏は世界的なスマ手術(バチスタ手術)の開発者である。その記事の中で以下のことが述べられている。

 

・・・・最近、医療崩壊の報道が多い。そんな社会風潮の中、潮流が変わったのだろうか、須磨がアカデミズムの世界で再認識される機会が増えたという。それは五年くらい前からの流れだが、最近須磨は、手術論文を欧米のメジャー・ジャーナルに四本連続で通すという快挙を成し遂げた。それまではいくら投稿しても、結果は全部リジェクト(掲載拒否)だった。審査する人が須磨の言説を理解できないわけだ。こんな手術で助かるわけがないと、採用されなかった。それがここ一、二年で急にバタバタと通るようになった。・・・・・・

 

ここで述べられていることは、すべての真にオリジナルな研究者や技術者が一度は通らなければならない道である。

 

専門誌への自分の投稿論文がリジェクト(掲載拒否)されずに一度でアクセプト(掲載可)となった経験を有する研究者のほうがむしろ少ないのではないだろうか。その道のパラダイム変換を迫るような論文こそ、その道の通常パラダイム(:発想や概念)にどっぷりと浸かっている論文審査のレフェリーにとっては、「とても信じられない!!」事なので、まず投稿論文をリジェクトするか、メジャーリビジョン(大幅な修正を要する)と裁定しておいて、ありとあらゆる角度から、無理難題に近い実験の再検証を著者に対して要求するのである。

 

その結果多くの初心者研究者は、この時点で、大きな壁に、いわゆる既成のアカデミズムの壁にぶつかるのである。

  

そこで、「何でこんなすばらしいオレの実験結果を認めてくれないんだ? この石頭レフェリーの馬鹿やろう!」と、ところかまわず叫ぶことになる。

 

しかし、結局本当に良い発明や発見は、論文掲載を拒否されても、口頭発表や立ち会い実験や、追試実験で、再現性が証明されれば、新しいパラダイムとしてかならず認められる。但し、その間に、世界で同じ研究をやっている研究者に先を越されて、2番手の発表となって、1番手としての成果を浚(さら)われることもたびたび起こることである。

 

近年ではこの、 論文が雑誌にどちらが先に掲載されたかという <微妙な差> は研究費獲得に大きな影響を及ぼす場合が多い。これは「独創性の先駆性争い」とでも呼ぶべきものであろう。

 

いずれにしても若手研究者は、既存のアカデミーの強固なパラダイム(既成概念)の壁を打ち砕きながら成長するのである。決してめげてはいけない。

   

(森敏)

秘密

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