2009-01-23 13:01 | カテゴリ:未分類

大学の外科医必読! 幕内雅敏氏の警鐘

 

週間文春(1月22日号) 46頁に

<手術も出来ない「大学病院」>< 卑しい教授たち>

 

というタイトルで幕内雅敏・前東京大学医学部教授/現日赤医療センター院長が、大学の外科の教授を痛罵している。彼が見聞してきた大学病院にはよほど腹に据えかねる外科医がいたのだろう。幕内氏は肝臓ガン手術の「術中エコーによる幕内術式」という手術法を開発した世界的権威である。

 

<手術が出来ない教授は腹を切れ>。<外科医が地位を求めるのは卑しい>と中見出しで断言している。実に起承転結メリハリの利いた提言である。

 

以下に小生が特に重要だと思ったヶ所を転載したい。

 

・・・・・・・・・(略)次に、教授の選考方法で、現在の評価基準の重点が、論文の二年間の引用回数(インパクトファクター)に置かれすぎていることがあります。その論文も、『ネイチャー』『サイエンス』といった。有名雑誌に掲載された基礎論文が高く評価され、専門性の高い雑誌に掲載された臨床を基にした論文は相対的に不利になる仕組みになっています。医学の進歩には基礎研究は必要不可欠ですが、それだけを考えると医療が捻じ曲がってしまう。

 論文重視も裏返すと臨床軽視になります。本来、外科医の仕事は、テーブルの上にある書類だけではなく、手術室でこそ評価されるものです。それなのに、選考委員会が手術を見に行くことはしないのです。ごく少数の大学では見に行くこともありますが、多くの大学ではまだ取り入れられていません。

 こうして臨床を軽視する限り、今後、手術などの臨床研究が進歩しないという重大な問題があります。また、指導者である教授が手術をしないため、スタッフのレベルも低下し、大学病院の使命である、次代の優れた外科医を育てることも、むずかしくなっています。

・・・・・・・(略)

私も六十歳を過ぎて十時間近い手術をするのはキツい。しかし、難しい手術を成功させ、患者さんが元気になって「ありがとう」と帰っていく。そこには現場にいる人間にしか得られない“何か”があります。手術こそが外科医の天職であることを感じる瞬間があるのです。この気持ちを後進に伝え、自分が感じている喜びを味わってもらいたい。(略)

   

  

このWINEPブログのどこかで記したが、小生の長兄も1960年代の東大病院の木本誠二外科の後輩なので、外科手術の何たるかに関しては、兄からも良く聞かされていた。

 

  救急車で運ばれてきた重傷の患者さんに「あなたはここの病院に運ばれて良かったですね。ここの先生にかかれば、絶対にあなたの命は助かりますよ」という評判を付近の住民に立てられるほど、ハッピーなことはない、とのことであった。

   

それにしても、幕内氏の文章に見られるように外科医の昇進時の業績評価に外科手術の「実技」の実況見分評価がない大学病院があるとは驚きの一語に尽きる。またnaturescienceImpact factorで評価するとは愚の骨頂であろう。

   

数年前に大学評価・学位授与機構がいくつかの国立大学の医学分野での評価を行った。その評価に対するその後の検証過程では、大学側から、その時の大学評価・学位授与機構の評価方法に関して、ケンケンがくがくの議論があった。特に臨床医からの不満が噴出していた。その後、各大学では特に医学部大学病院では、教員の業績評価に対して、「研究」・「教育」・「管理運営」・「社会貢献」・「研究費獲得実績」などの他に「臨床実績」が当然のことながら加えられたはずである。にもかかわらず、人事選考において外科では外科手術の「実技」の実況見分が評価基準になっていないところがあるとは、まったくの驚きである。

 

手術のヘタな外科医は大学病院が自浄能力を発揮して早急に大学病院から駆逐してもらいたいものだ。今からでも遅くはない。患者にとっては危険きわまりない。

  

(森敏)

 

秘密

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