2008-01-16 09:37 | カテゴリ:未分類

「アドルフに告ぐ」・「資本論」・「寺田寅彦全集」

 

最近大学の教員は働きすぎて鬱病などになる人が増えているためか「教員はしっかりと休みを取るように」という総務省のご下命で、生まれて初めて正式に3連休(水・木・金)の休暇を申請した。土・日を会わせると5連休になったので、何処にも行かず、まず妻と一緒に溜まりに溜まった書庫を整理することにした。そこにはすでに独立した子供達の本も段ボールに詰められたりしてごっちゃに積み上げられているので、まず彼らが残していった過去の受験参考書や大学の教養課程時代の教科書や漫画本などを妻が次々と廊下に放り出し、それを我が輩が選別することから始めた。

漫画本は約五百冊有り、それらを機械的に全部廃棄処分にしようとした、が、そこに偶然これまで読んだことがなかった手塚治虫の「アドルフに告ぐ」全五巻を見つけたので、それだけは回収した。ところがこの漫画をうっかり読み始めたら止まらなくなってしまった。結局丸一日かけて全巻を読み切った。漫画の内容が第二次世界大戦のナチスを舞台にし、終戦当時を思い出して、真に感動的であった。少し精神が洗われた。

読み終えて、手塚治虫の漫画にはプロットの展開や医学的所見の精確さなどが、宮沢賢治の童話や論説の展開や農学・理学的記載の精確さなどと何となく類似点があるのに気がついた。手塚は阪大付属医学専門部の出身、賢治は盛岡高等農林学校の出身で、いずれも自然科学の素養を在学中にきっちりとたたき込まれている。彼らはその専門の学問的な世界に見切りを付けて(?)、そこからはみ出して異形の才能を発揮した芸術家である。手塚の晩年の「火の鳥」(全十一巻)は極めて宗教的な輪廻の思想を展開したものであり、賢治も承知のように晩年(といっても三十八才で死去!)の作品は私見では完全に仏教の布教的であった。

さて、我が輩自身の書架を見ると一番上の棚にホコリをかぶって硫酸紙が黒変しているのが長谷部文夫訳マルクス・エンゲルス著の「資本論」(青木書店)全7冊である。助手に成り立てのボーナスを叩(はた)いて初めて買った書物だったが、あらためて確かめてみると第一巻の三分の二ぐらいですぐに挫折している。翻訳が生硬で難解すぎて読了できなかった挫折感と、その後(1989)にベルリンの壁が崩壊したという複雑な気持ちが交錯していて、こんなに役立たなかった本はいいかげんに手放してもいいのだが今回もそれが出来なかった。

それと隣り合わせて書架に並立しているのが寺田寅彦全集(岩波書店)全13巻である。これらは大学に入って親からのなけなしの仕送り資金の中から工面して真っ先に生協で購入し、クーラーのない下宿で読みながら我が輩がもっとも感化された随筆集である。若い学生にとって不易の自然科学への入門書ではないかと今でも思って保存することにした。もっとも、現代の素粒子物理学者は彼のことを「お茶の間の物理学者」と揶揄(やゆ)しているらしいが。

 

 

 このように、なまじ正式な長期休暇などを取ると、発想が過去に向かってしまうのは年齢のせいで致し方のないことか。(管窺)

秘密

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