2008-11-08 22:22 | カテゴリ:未分類

東京都の「希望降任制度」

  

東京都が「希望降任制度」を採用して二桁の人がこれを利用したということである。敢えて降格人事に応募して、自分の生活スタイルに即した人生を送りたい人が増えているのだろう。これは、非常に時代に即した制度だと思う。もう、家庭を犠牲にしたモーレツサラリーマンの時代ではなくなったのかも知れない。ある意味では日本の社会も成熟期を迎えはじめたのかも知れない。

  

知人のドイツの大学の助手(Assistenten)はその方面でいい研究をしており、世界的に有名であるが、自分は助手のママでいいと、敢えて教授のポジションに挑戦しないでいる。教授になると授業をしたり、研究費を取ってきたり、学生をなだめすかしたり、と、余計な能力と時間が要請されるので、研究に集中した時間が取れないので、昇格したくないということである。

  

これも研究者としてはひとつの卓見だと思う。小生から見ても、彼は性格上教授になると不得手な雑用に振りまわされて、無能化よばわりされることになるのではないかと危惧される。それを自分でもよく知っているのだろう。

  

この場合のように、降格ではないがあえて「昇格を希望しない」人事制度も、選択肢として奨励すべきだと思う。大学の事務官で他に好きなことがしたいので、<残業の常態化している役職> への昇格は絶対にしたくないといって逃げ回っていた人物がいた。

  

自分の若いときの経験を例にして恐縮であるが、教授の稼いでくるお金で、好きなテーマで研究できる環境があれば、若手研究者にとってはそれが研究条件としては最高であると思う。じっくりと研究上の試行錯誤を経ることが許されるからである。研究費稼ぎのマネージメントを自分で行う必要がないからである。

  

現在、日本では、若手研究者の能力を早くからくみ上げる(ひきのばす?)ために、優秀な若手に多額の研究費を付けて、自分のペースで研究室運営が出来るように、という動きが加速している。日本学術会議もそれを奨励しているようである。そのこと自体は歓迎すべきである。しかしこの場合に必ず付く付帯条件は、短期の「研究業績評価」である。せいぜい3年から5年以内にその多額の研究費に見合った業績をあげなくてはならない。5年のプロジェクトであっても、5年目の最終評価ばかりではなく、毎年次の評価と、3年目の中間評価を行うことになっている。これはなかなか厳しい条件である。こういうせっかちな研究条件下では、お金に任せてそこそこの一流の研究は出来るだろうが、超一流の研究はなかなか難しいのでは無かろうか。

  

大学で若手を早くから昇格させることも問題である。通常、準教授(ばあいによっては講師以上)が教授会の構成メンバーになっているので、助教(昔の助手)から若くして準教授に昇格すると、授業を担当させられる以外になにかと学内行政の仕事が回ってくる。そうするとその分、研究に割く時間が確実にそがれるのである。

  

したがって、多額の研究費をもらったからといって、大学でその若手を教授会メンバーに昇格させると大学にとっても研究業績が上がらなくなるかもしれないので痛し痒しである。

  

若いときは昇格のことなど考えずに、また学生やポスドクなど他人をつかって研究しようなんて思わずに、自分自身が手を下して、自然現象のおもしろさの発見に大いにどっぷりと浸るべきなのである。

 

大学でも希望降任人事、昇格を希望しない人事、ともに大いに奨励すべきである。

   

(森敏)

   

付記:昇任したが故に、その任に堪えないで、鬱病などを発症する例が大学でも急激に増えているようである。

 

秘密

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