WINEPブログ
「飯舘村のカエルの放射能汚染」
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2023-08-05 17:06 |
カテゴリ:未分類
今週号の朝ドラ「らんまん」では万太郎に東京大学からの追放、長女園子の死、郷里佐川町の実家の酒蔵の倒産閉鎖など、不幸が一気に度重なった。
この中で、酒蔵の閉鎖の直接の原因として、日本酒の腐敗現象「腐造」が示されていた。しかしこれは、史実かどうかはわからない。
本当の原因は放蕩息子の牧野富太郎が研究に必要な高価な書籍の購入や、長期国内採取旅行の旅費や、冠婚葬祭や、その他の多彩な趣味道楽に、湯水のごとく散財しまくったために、郷里の実家が破産した、ということが、牧野富太郎の自叙伝には書かれていないが、他人による伝記ではあちこちで語られている。
ところで、この時点での朝ドラを見ながら小生は思わず東大農芸化学科4年生の時代の有馬啓教授(1916-1988)の「発酵学」の講義を思い出した。その中で、有馬先生は自分の発酵学教室での歴史的研究成果として、田村学造先生(当時助教授:1924-2002)による、「火落酸(hiochic acid)」の発見について紹介されたのである。
有馬先生によれば、
「この化合物は現在ではほとんどの世界の生化学や有機化学の教科書にはメバロン酸(mevalonic acid)と呼ばれている。 発見者の田村学造君が命名した “hiochic acid” (ヒオチックアシッド)というネーミングでは、外国人にとても発音しずらい、外国人には「イオイックアシッド」、「イオキックアシッド」、「ハイオチックアシッド」などといかようにも読めるので、インターナショナルに読み方が定着し難い。それに比べて mevalonic acid はメバロニックアシッドとしか読めず発音がしやすい。君たちも将来、自分が発見した化合物についてはネーミングがとても大事である」と述べられたのである。
(森敏)
付記1.
少し専門的で長くなるが、以下に田村学造先生自身が農芸化学会誌に書かれている総説の一端を多少わかりやすく補足して紹介する。
“火落ち” という日本酒の腐敗現象は, 日本酒産業上重大な災害であった. そのため “火入れ” と称する低温殺菌操作が, Pasteurによるパスツーリゼーション(:食品全般で行われる加熱による殺菌法で、「低温殺菌法」)の発明の300年も前から経験的に行なわれていた. “ 火落ち” の原因 となる 桿菌を初めて顕微鏡で観察したのはAtkinsonである(1881).
その後 高橋偵造先生が, この “火落ち”の原因 となる菌を分離し, こ れ らの中 に培地に清酒を加えないと生育しない菌 がいることを認めて “真性火落菌” と命名された.
火落菌 のこのような性質は, わが国の多くの研究者の興味をひいたが, その未知生育因子を解明するには至らなかった.
しかしその後, パ ン トテ ン酸, ビ オチ ン, リ ポ 酸 などの ビタ ミンが微生物の生育因子 として発見されたことと思い合わせると, これらの研究は先駆的なものであったといえる.
戦後, 筆者は坂 口謹一郎先生の御指導の下で, 前 記のように合成培地を用いた アミノ酸や ビタミンの微生物定量法の研究を進めたが, この合成培地に生育しない真性火落菌 (Lactobacillus heterohiochiiおよびL. homohiochii) の未知生育因子の解明を思いたった.
ま ず, 清酒のような醸造物中に存在する因子は, 微 生物の代謝産物 に由来 す るものに違いないと考えた.
そこで, 各 種の微生物の培養液を合成培地に加えて検討した結果, 各種の糸状菌, 酵母, 細 菌の培養液中に, 火落菌の未知生育因子が蓄積されていることを見いだした.
ついで, その生産能が高く, 清酒の醸造にも用いられているコウジカビ(Aspergillus oryzae)の 一菌株を選出し, その培養液中から精製分離し, キニーネ塩の結晶を得, さ らに δ-ラク トンを 単離 し, そ の化学的性質を明 らかに して火落酸(hiochic acid)と命名した.
同年, メ ル ク研 究所 のK.Folkersらがニワトリの成長因子の探索中に, ウイスキー蒸溜 廃液か らL. acidophilusの 酢酸代替因子 として メバ ロン 酸(mevalonic acid)を 報告 した.
この両者の性質が類 似 していた ので試料を交換 して調べた結果, 同 一物質で あることが筆者 とFolkersに より確認 さ れ た.
火 落 酸 (メ バ ロ ン酸)は, 動 植物 の細胞中では 代謝の調節 に よ り, 常 に微量に しか存在 しない ことが後に明 らかにされたが, 微生物は代謝産物を培地に排出することも調節の一つであり, 培 養液中に分泌 されていたものが見いださ れた ことになる.
付記2.
蛇足かもしれないが、以下に田村学造先生の実質的な指導者であった当時の坂口謹一郎教授(1897-1994)の、火落酸発見の件に関するコメントも紹介しておく。(坂口謹一郎 酒学集成 5 岩波書店 より)
田村学造君の発見も:::::このもの(:火落酸)を造ることの特に多い麹菌株の選択と、明治製菓でそれをタンクで大量培養してくださったおかげでもあった。
これはきわどいところでアメリカのメルク社の研究陣と発表のプライオリテイーの競り合いとなった。
これは全く「醸造論文集」のおかげで、同じ年のこちらは私が醸友会で同君の研究を紹介させてもらったのが5月、先方は9月であった。
メルクの研究者たちも結局これを認め、同社長が私を大学に訪れ、共同発表の形にしたいというので、報文の原稿まで書いて持参した。それには田村君の名前が先に出してあったように思う。
この問題は、その後の数年間、大げさに言えば生化学者の研究のブームを引き起こした。
これにより、今まで生成の経路が不明であった数多くの天然物の経路が解明され、リネンやブロッホのような、ノーベル賞受賞者まで出したことは周知のとおりである。
:::::::::おかげで火落菌や火落問題が解明されたのは周知のとおりである。
付記3.
小生も参加した田村学造先生のお葬式は護国寺で壮大な参列者の下に行われたが、お棺には「火落酸キニーネ結晶」が入れられたそうである。
付記4。 参考のため、火落酸(メバロン酸)の構造式は以下の通りである。

付記5.火落酸の発見と、チュニカマイシンの発見で、田村学造先生は学士院賞恩賜賞を受賞され、文化功労者に指名されている。
この中で、酒蔵の閉鎖の直接の原因として、日本酒の腐敗現象「腐造」が示されていた。しかしこれは、史実かどうかはわからない。
本当の原因は放蕩息子の牧野富太郎が研究に必要な高価な書籍の購入や、長期国内採取旅行の旅費や、冠婚葬祭や、その他の多彩な趣味道楽に、湯水のごとく散財しまくったために、郷里の実家が破産した、ということが、牧野富太郎の自叙伝には書かれていないが、他人による伝記ではあちこちで語られている。
ところで、この時点での朝ドラを見ながら小生は思わず東大農芸化学科4年生の時代の有馬啓教授(1916-1988)の「発酵学」の講義を思い出した。その中で、有馬先生は自分の発酵学教室での歴史的研究成果として、田村学造先生(当時助教授:1924-2002)による、「火落酸(hiochic acid)」の発見について紹介されたのである。
有馬先生によれば、
「この化合物は現在ではほとんどの世界の生化学や有機化学の教科書にはメバロン酸(mevalonic acid)と呼ばれている。 発見者の田村学造君が命名した “hiochic acid” (ヒオチックアシッド)というネーミングでは、外国人にとても発音しずらい、外国人には「イオイックアシッド」、「イオキックアシッド」、「ハイオチックアシッド」などといかようにも読めるので、インターナショナルに読み方が定着し難い。それに比べて mevalonic acid はメバロニックアシッドとしか読めず発音がしやすい。君たちも将来、自分が発見した化合物についてはネーミングがとても大事である」と述べられたのである。
(森敏)
付記1.
少し専門的で長くなるが、以下に田村学造先生自身が農芸化学会誌に書かれている総説の一端を多少わかりやすく補足して紹介する。
“火落ち” という日本酒の腐敗現象は, 日本酒産業上重大な災害であった. そのため “火入れ” と称する低温殺菌操作が, Pasteurによるパスツーリゼーション(:食品全般で行われる加熱による殺菌法で、「低温殺菌法」)の発明の300年も前から経験的に行なわれていた. “ 火落ち” の原因 となる 桿菌を初めて顕微鏡で観察したのはAtkinsonである(1881).
その後 高橋偵造先生が, この “火落ち”の原因 となる菌を分離し, こ れ らの中 に培地に清酒を加えないと生育しない菌 がいることを認めて “真性火落菌” と命名された.
火落菌 のこのような性質は, わが国の多くの研究者の興味をひいたが, その未知生育因子を解明するには至らなかった.
しかしその後, パ ン トテ ン酸, ビ オチ ン, リ ポ 酸 などの ビタ ミンが微生物の生育因子 として発見されたことと思い合わせると, これらの研究は先駆的なものであったといえる.
戦後, 筆者は坂 口謹一郎先生の御指導の下で, 前 記のように合成培地を用いた アミノ酸や ビタミンの微生物定量法の研究を進めたが, この合成培地に生育しない真性火落菌 (Lactobacillus heterohiochiiおよびL. homohiochii) の未知生育因子の解明を思いたった.
ま ず, 清酒のような醸造物中に存在する因子は, 微 生物の代謝産物 に由来 す るものに違いないと考えた.
そこで, 各 種の微生物の培養液を合成培地に加えて検討した結果, 各種の糸状菌, 酵母, 細 菌の培養液中に, 火落菌の未知生育因子が蓄積されていることを見いだした.
ついで, その生産能が高く, 清酒の醸造にも用いられているコウジカビ(Aspergillus oryzae)の 一菌株を選出し, その培養液中から精製分離し, キニーネ塩の結晶を得, さ らに δ-ラク トンを 単離 し, そ の化学的性質を明 らかに して火落酸(hiochic acid)と命名した.
同年, メ ル ク研 究所 のK.Folkersらがニワトリの成長因子の探索中に, ウイスキー蒸溜 廃液か らL. acidophilusの 酢酸代替因子 として メバ ロン 酸(mevalonic acid)を 報告 した.
この両者の性質が類 似 していた ので試料を交換 して調べた結果, 同 一物質で あることが筆者 とFolkersに より確認 さ れ た.
火 落 酸 (メ バ ロ ン酸)は, 動 植物 の細胞中では 代謝の調節 に よ り, 常 に微量に しか存在 しない ことが後に明 らかにされたが, 微生物は代謝産物を培地に排出することも調節の一つであり, 培 養液中に分泌 されていたものが見いださ れた ことになる.
付記2.
蛇足かもしれないが、以下に田村学造先生の実質的な指導者であった当時の坂口謹一郎教授(1897-1994)の、火落酸発見の件に関するコメントも紹介しておく。(坂口謹一郎 酒学集成 5 岩波書店 より)
田村学造君の発見も:::::このもの(:火落酸)を造ることの特に多い麹菌株の選択と、明治製菓でそれをタンクで大量培養してくださったおかげでもあった。
これはきわどいところでアメリカのメルク社の研究陣と発表のプライオリテイーの競り合いとなった。
これは全く「醸造論文集」のおかげで、同じ年のこちらは私が醸友会で同君の研究を紹介させてもらったのが5月、先方は9月であった。
メルクの研究者たちも結局これを認め、同社長が私を大学に訪れ、共同発表の形にしたいというので、報文の原稿まで書いて持参した。それには田村君の名前が先に出してあったように思う。
この問題は、その後の数年間、大げさに言えば生化学者の研究のブームを引き起こした。
これにより、今まで生成の経路が不明であった数多くの天然物の経路が解明され、リネンやブロッホのような、ノーベル賞受賞者まで出したことは周知のとおりである。
:::::::::おかげで火落菌や火落問題が解明されたのは周知のとおりである。
付記3.
小生も参加した田村学造先生のお葬式は護国寺で壮大な参列者の下に行われたが、お棺には「火落酸キニーネ結晶」が入れられたそうである。
付記4。 参考のため、火落酸(メバロン酸)の構造式は以下の通りである。

付記5.火落酸の発見と、チュニカマイシンの発見で、田村学造先生は学士院賞恩賜賞を受賞され、文化功労者に指名されている。
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