2008-10-07 23:02 | カテゴリ:未分類

祝ノーベル物理学賞受賞

  

    

  今回、一挙に3名の日本人がノーベル物理学賞を受賞した。

   

  その道の専門家ならばそれぞれの専門分野で、日本人でノーベル賞に匹敵する業績を上げている人物名をただちに2-3人は容易に挙げることが出来るだろう。それなのに、なかなか賞が回ってこない。

    

  これまでの日本人の受賞者が少なすぎるのである。きっとこれからもそういう状態が続くだろう。

    

  ノーベル賞は単にその研究成果に付いてくるだけのものである。ノーベル賞ばかりでなく、一般に賞というものには、大いに“時の運”や“人脈”もおおいに関係している。このことは常識である。

  

  それに、研究者は、なにもノーベル賞をもらうために研究しているわけではない。自然科学の研究者を突き動かす原動力は“自然の法則性を極めたい”という興味を置いてほかにないだろう。この点がなかなか一般の人には理解され得ない。出世や、受賞のために研究をするなんて邪道であろう。

 

  しかし一方では、科学の世界であまりにも性急な成果を要求する評価の時代になっていて、<研究費をかせぐために、研究をしている> という、倒錯した研究者が出現している。いや、現状は実際のところそういう研究者の方が大部分なのかも知れない。

 

  将来おおばけするようなじっくりと自己中心(マイペース)で研究する研究者が育てられない研究環境になってきているように思われる。日本の科学にとって極めて危険な状況であろう。

 

  

  ふり返ってみると小生も小学校の時に何がなんだかわからなかったが、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞に感激して、のちの研究人生への方向付けにおおいに影響を受けた。

   

  従って、若い人が科学や研究に興味を持ってくれる契機になるであろうという点では、今回のノーベル賞受賞の報道には大いに教育的意義があるだろうと思う。

       

  以上の言辞は、これまでもいろんな人によって繰り返しくり返し言い古されてきた月並みのことではある。

 

  ノーベル賞の受賞が当たり前になって、日本人にとっって普通の風景になるまでにはあと半世紀ぐらいかかるだろう。その前にハングリーな中国がノーベル賞受賞者を輩出する科学超大国になっているかもしれない。    

          

(森敏)

追記:これを書いた直後に、下村脩・米ボストン大名誉教授(80)のノーベル化学賞受賞の朗報が舞い込んできた。

  詳細は省くが 「おわんクラゲの緑色蛍光タンパクgfp」をもちいる分子生物学的手法は、我々の生物学の世界では特定のタンパクが細胞の何処に局在しているのかを検出する手法として、今や常法となっている。やはり <新しい分析方法> の開発は多くの研究者に用いられるので論文の引用件数も多く、その事がノーベル賞選考委員会で高く評価されたのだろう。かっての島津製作所の田中氏の高分子質量分析法の開発と同じ視点からのノーベル化学賞の評価法であろう。

秘密

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