2007-12-07 18:53 | カテゴリ:未分類

若手科学者への生活待遇が悪すぎる

 

      OECDの国際学習到達度調査によれば、「科学が楽しいか?」という質問に対して、「楽しい」と答えた15歳(日本では高校1年生)の生徒の割合は、調査した57か国中、日本は56番目であったとのことである。 一方、「20年後に自分が科学者になっていると思うか?」と言う問いに対しては、「なっている」という答えがゼロで、最下位の57番目であったということである。(ただしこのOECDの設問と答えに関しては、NHKテレビの情報による)。

 

     若者の科学離れが、心ある大学の研究者たちから警鐘されてすでに10年以上が経過したが、さまざまに打つ手もむなしく、いたずらに科学離が進行し続けている。それほど事態は文明史的な構造的なものを含んでいると考えられる。この傾向は先進的、英国、フランスにも共通であるから日本だけの問題ではないのかもしれないが。今後アメリカが参加すればもっと下降傾向が明瞭になるのではないだろうか。

 

     さて、それにしても、日本の若手科学研究者の現状はどうであろうか。自然科学系の博士を増産しすぎたがためなのか、ポスドクを経験してもその受け取り手(就職口)がない、という極めて悲惨な様相を呈している。死者や行方不明者が激増しているとも聴く。躁鬱病などの発症例も多くなっているようである。人的資源の需要と供給のミスマッチが顕著である。下から上がってくる子どもたちは、そのすぐ先を歩いている先輩たちの動態を身近に見ているので、せっかく勉強して科学研究者になろうとしても、そんな展望のない悲惨な将来が待っているかもしれない現状では、だれがそんな危険な道に足を踏み出していきたいと思うだろうか? 親もその道を勧めたくないだろう。 

 

   もとより、いつの時代にもその年代の1%ぐらいの生徒は、出世や就職のことなどあまり考えずに、わき目も振らず自然現象の解明の面白さに取りつかれているものであるから、その道のず抜けた専門家の養成にはそんなに心配しなくてもいいのかもしれない。と思っていたが、現状はもっと深刻で、この ”意欲のある1%ぐらいの層”さえ最近はさらに細ってきているという危機感を、エリート意識のとりわけ強い物理学関係者は抱いているようである。

 

     その国の全体としての科学技術力は総科学技術研究者の人口に比例するのではないだろうか? 柔道、卓球、水泳などに比べて青少年の競技人口が圧倒的に多い野球やサッカーなどのほうが、つぎつぎと切れ目なくインターナショナルスタンダードの人材を輩出している。底辺が広いゆえであろう。それではなぜこれらのスポーツの底辺が広いのかといえば、プロになっての収入(年俸)がほかの職種に比べて、けた違いに、多いからである。若くして努力して業績をあげればそれ相応の収入が多く、自由な生活ができる、ということは子供たちにも最もわかりやすい上昇志向の指標である。

 

     研究者もずば抜けた人材は「生活の豊かさ」などのけち臭いことはあまり考えない人種であろうから、ほったらかしておいてもいいのかもしれない。しかし、人並以上の才能を有した科学研究者を生活苦でいや気がさすようなことにならないように、それ相応の業績に対する報酬で報いることは、日本全体としての科学研究者の層を厚くすることに、非常に重要なファクターであると思う。 

 

小生の長年の経験から言っても、特に大学の場合は理系の人間が努力や業績に見合った報酬を得ているとはとても思えない。特に若い科学研究者が生活に苦労せずに研究に全力投球できるようにはできていない。20代後半になっても親のすねをかじって授業料を払って大学院生活を送らねばならないなんて、近代国家のやるべきことでは無かろう。

 

女性研究者にとっての研究条件の劣悪さに関しては全く話にならない。学生の身分では学内保育所があっても入所さえままならないのだから、研究するなら結婚するな!結婚しても子供を産むな!と強制しているに等しい。

  

     大学で研鑽を積んで科学研究者になっても、就職もできない。これでどうして若者の科学離れを押しとどめることができるだろうか?

 

(森敏)

 

 

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