2008-08-29 02:40 | カテゴリ:未分類

鏡川べり遊歩

 

真昼の猛暑の中を高知市の中央を流れる鏡川べりを歩いた。

 

  小生が幼少のころ、未だ泳げなかったが、鏡川の水流に浸かって、溺れないようにおっかなびっくりフリキン(:すっぱだか)で遊んだ記憶がある。石組みの堰があり、その上流が少し深くなっており、大人が立って腰ぐらいの水深である。今も当時と変わらぬ風景で10人ぐらいの水着姿の男女が歓声を上げて遊んでいる。まだ水が澄んでいるのだろう。しかしその500メートルぐらい下流は、司馬遼太郎の『龍馬がゆく』によれば、かって坂本龍馬も泳いでいた所であるが、ボラや鯉が沢山泳いではいるのだが見た目に水質は透明度が落ちていた。

 

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 坂本龍馬以来の昔なつかし鏡川での遊泳風景

 

  今回3年ぶりの訪問で、高知市は経済的に急激に寂(さび)れてきているという感想を持ったが、一方でこういう鏡川の自然はほんとうに何物にも代え難い豊かな環境だと思った。しかし地方も経済力が低下すると、こういう環境の維持も将来は困難になってくるのではないだろうか。現に、鏡川川岸の雑草の繁り方は3年前と比べて尋常ではなくなってきているように思えた。役所の予算で草刈りする余裕がなくなってきているのではなかろうか。

 

  下流に向かって鏡川の左岸を歩いていると、この猛暑の昼下がりを、お経のようなものを明快に大声で唱えながら、速い足取りで、中年の男性が小生の横を追い越していった。健康過ぎるほどの健康法だと感嘆した。

 

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 後ろ姿のワイシャツの男性は熱心に大声でお経を唱えながら

      猛暑の川べりを散歩していた

 

  新月橋(上の写真)から左に折れて、市電通りに出て、はりまや橋方面に200メートルぐらい行くと、高知県出身の吉田茂首相の書による『坂本龍馬先生誕生地』という3.5メートルぐらいの碑銘が立っている。明治から数えて100年めを記念して、横溝知事の時に台座を上げて高くしたようである。旅の女性が一人写真を撮っていた。

 

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            内閣総理大臣吉田茂書による

            「坂本龍馬先生誕生地」の碑

 

 

それにしても、夏の日曜日だというのに何と観光客の少ないことだろう。

 

 

(森敏)

秘密

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