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2018-12-03 14:34 | カテゴリ:未分類

中国人留学生スパイの実態=元中国外交官

201843

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駐シドニー中国領事館元外交官・陳用林氏よれば、中国の在外公館(大使館・領事館)は、中国人留学生を操りスパイ活動を行わせ、海外の反体制派活動家を監視し、妨害活動を行っている。

2007
6月、大紀元の取材に応じた陳氏は、各国の大使館は、スパイ活動に従事する中国人留学生のすべての必要経費を援助していることを明らかにした。陳氏は20055月、家族と亡命を申請し、オーストラリア政府より保護ビザを得た。

中国の在外公館の留学生および留学生団体を操る手法について、陳氏は次のように詳しく説明した。

(1)
留学生が行う各活動にかかる経費を援助する
(2)
留学生が帰国し就職したい場合、本人が海外留学時、海外にいるときも祖国を愛し、共産党を愛する者であることを証明する在外公館の推薦書を与える
(3)
中国教育部は中国人留学生奨学金を開設し、在外公館の指示で動く中国人留学生の活動費用を与えている
(4)
国内の各種公演グループの海外公演を行うときに、招待券を配布し、またはその祝宴パーティーなどに招待する

情報筋によると、在外中国大使館には、各国にいる中国人留学生親睦会のリーダーをスパイ工作に就かせる専門の担当者がおり、学生によるスパイ工作を画策しているという。いっぽう、経費の援助項目についてはさまざまだが、表向きに公開した活動経費もあれば、学生個人の口座に直接入金することもあるという。また、卒業後、それぞれ滞在する国の主要な学術機関に就職する機会を与えることもある。

さらに、中国はここ10年間、米国の多くの大学に対して、膨大な「研究費」を提供しているが、これらの研究プロジェクトに「スパイ」を配置しているという。こうしたスパイは、上述した留学生親睦会の主席リストから選ばれた者であるという。

陳氏は、米国本部の中国語衛星テレビチャンネル「新唐人テレビ」主催の舞踊コンクール「世界中国舞踊大会」を、留学生が妨害した例をあげた。同大会はニューヨーク大学(NYU)を会場とする予定だが、同大学の中国人留学生や学者の親睦会「ニューヨーク大学中国人文化クラブ」がこのほど、同大会開催反対の声明を出した。

「声明を出した同クラブは、実質上、駐ニューヨーク中国総領事館教育部が支援して設立した団体。教育部の主な仕事は、海外の中国人留学生を監視し、中共政権にとって不利益である団体および人物をかく乱させ、中共側に協力させること。言い換えれば、中共機関の海外拠点である」と指摘した。

陳氏によると、同様の親睦会は、豪州および世界各地の大学に存在しており、海外の民主運動活動家や法輪功およびその他の中共政権に批判的な、反体制派の人物などの大学での活動を監視し、入手した情報をいち早く、駐海外中共領事館・大使館へ報告することだという。

同氏はまた、中国大使館は、反体制派の活動に留学生を出席させ、収集した資料および情報を報告書として提出させるという作業の流れを明らかにした。

(大紀元編集部)

  

       

以上は10年前の中国の外交官の話の記事である。小生の東大在籍時代の感想が、「やはりそうだったんだ」と、この文章を読んで、かなり納得がいった。爾来中国共産党政権が変わっているわけではないので、今でも中国政府の留学生に対する基本方針は大きくは変わっていないと思われる。

   

ネットで調べると、東京大学には、平成29年現在にはなんと2077(全留学生の52%)もの中国人留学生がいる。彼らは、楽しそうで日本での学園生活を謳歌しているように見える。

 

1960年代は日中国交回復がまだなかったので、東大には台湾やタイやインドネシアや韓国人の留学生が多かった。その中でも独裁政権下の台湾や韓国の留学生は、小生があえて挑発してみると、政治に関してはものすごくピリピリして寡黙であった。それは国費留学生仲間が相互に思想を監視しあっているので、反体制的な発言や行動をすると、密告されて、下手をすると強制送還されるからだということであった。当時の蒋介石総統の台湾では、台湾独立派と認定されて強制送還されると、到着した飛行場から連れ去られて即絞首刑されるといううわさが飛び交っていた。だから優秀な学生は日本を経由してアメリカに留学していった。その後政権が代わってから、米国からの留学生が帰還しはじめて台湾は急速に経済発展を遂げた。

 

1972年に日中国交が回復して、中国大陸から来日する中国人留学生も激増し東大でも例にもれず激増した。それでも初期のころの留学生は結構政治的な話には警戒心が強かった。江沢民による反日歴史教育教科書で学んだと思われる世代は特にそうだった。しかし、現在でも留学生たちは日中間の尖閣列島の話などは、極力避けたいようだ。
   
  中国からの留学生たちには、中国本土に比べるとはるかに言論の自由な日本で、いろいろの見聞を広めて、本国に帰っても批判的精神を忘れずに活躍してほしいものだと、本心から思う。

   

2018-11-15 13:05 | カテゴリ:未分類

          一日10000歩のノルマの散歩を兼ねて、文京区の春日町交差点から白山通りをまっすぐ皇居のお堀に向かって下って、神保町交差点の岩波ホールに出かけた。平日なので観客はわずかに40人ほどで、男女半々であった。

      

悠久に流れる大河ガンジス沿岸のヴァナラシ地区は、インドの聖地であり、年に一度の祭日には200万人もの人々が全国から集まるという。インド人の誰もがここで人生の終焉を迎え、ガンジス河に灰を流されたいと願っていると、幾久しく聞いていたので、この映画には興味があった。

   

小生と同様に、「きっと人生の終活の参考になるものがあるのではないか」と、この映画を見に来る人は期待しているのだろうと思ったのだが 、岩波ホールの観客の女性たちは暗闇では結構若く見えた(だけなのか?)のは意外だった。

 

映画では、ある日、家族で食事しているときに、普段から頑固なおじいさんが、突然、「ヴァナラシに行く」と宣言した。これはそろそろ死期を悟ったという宣言である。そして自宅から120キロメートル以上離れた、実に狭いみじめったらしいヴァナラシ沿岸のホテルに到着して、滞在を予約した。15日間以内の短期滞在で、大体の人は解脱(字幕の訳文だが、昇天するの意味らしい)するので、まず最初は15日しか滞在契約できない。主人公のおじいさんは残念ながら滞在期間15日以内ではまだ解脱できずに、その後延長して(何日後かは不明であったが)解脱した。その遺体をきれいに修飾して、家族が神輿に担いで、次第に祝福する気持ちにこころが転換して、手拍子で歌いながら、沿岸の火葬場にもっていく、というところで、この映画は終わっている。

 

また、映画では、おじいさんを心配してついてきて一緒にホテルに宿泊している最愛の息子が「なぜ死期が近づいたと思ったの?」という疑問を投げかけると、おじいさんは「人生に疲れたんだよ。何もかもいやになったんだ。もうどうでもよくなっちゃったんだ」というようなことを、言っていた。若干27歳のこの映画の監督にとっては、これくらいの陳腐な言葉しか思い浮かばなかったのかもしれないが、もう少し気の利いた言葉はないのかね、と少し物足りないと思ったことである。

 

  しかし、わが事を思い起こしてみると、小生の親父も死に際に、ベッドの横にいる小生に対して「もうええがや。。」と土佐弁でつぶやいたので、びっくりしたことがある。最後には「生きる気力が失せる」、ということなのだろうか。そうだとするとこの映画のおじいさんのつぶやきは案外「正解」なのかもしれない。

     
     

(森敏)

付記1:実は20年以上前に、この聖地ヴァナラシの近郊にある  Banaras Hindu Universityという伝統のある大学から、Dr. Klyan Singh教授をたびたび小生の研究室に招聘していた。彼からは、一度Banaras Hindu Universityを訪問してほしいと何度も頼まれていた。しかし、別件でハイデラバードのICRISATInternational Crops Research Institute for the Semi-Arid Tropics国連機構)を一度だけ訪れた時に、ニューデリーとムンバイの市中の「排気ガス」と「聖牛の糞」と「リキシャー」の喧騒には辟易した。なので、彼には悪かったが、それ以来インドには行く気がしないままである。当時はこの大学では軍隊を雇した学内権力闘争が激しかったと聞いていたのだが、いまはこの大学も落ち着いて優秀な人材を輩出していることだろう。インドが世界第1の人口を有する、真の経済大国として日本や中国を抜いて君臨する日もそう遠くはないと思う。

          

付記2:この映画では、ヴァナラシ滞在中に、幸い本人の希望通りに一度死にそうになったおじいさんが、ベッドで「ガンジス河の水が飲みたい」と言ったので、付き添いの息子がわざわざ河岸にコップで水を汲みに行き、その水を飲ませるシーンがある。ヴァナラシ沿岸では、死体が流れたり、洗濯したり、多くの人が沐浴したりして大小便をしていると思われるので、不衛生極まりない。だが、コレラやペストや赤痢やO-157などへの耐性(これらの毒素の分解能)が彼らの腸内細菌には遺伝子の水平伝播で獲得されているので、この「死に水」の場面も許されるのかな・・・・・.などと、俗物的なことばかり気になった。こんなことでは、小生はまだまだ「解脱」には程遠いということかもしれない。

2018-10-26 06:23 | カテゴリ:未分類
 

 前回のブログでは、過去の2011年から2017年までの、ジョロウグモの放射能を紹介した。
    
  その時は、直近の10月に2回福島の浪江町と双葉町で採取した27匹のジョロウグモと偶然見つけた1匹のコガネグモを、まだ測定中であったので、今回はその測定結果を紹介する。
     
  今回は福島調査の直前に襲った台風21号と24号のためか、クモの巣が破れて例年よりもクモは激減していた。
じょろうぐもjpeg 
1匹ずつU8カップに捕獲したジョロウグモ
       
  上図のようにGe半導体測定容器U8カップに1匹ずつ採取してきた(1匹ずつでないと必ずジョロウグモでは共食いの激しいあら争いが起こる!)ものを、大学で直ちにNaIでの測定用カップに1匹ずつ入れなおして、NaI法で測定した。一匹ずつGe半導体法で測定するには、とても時間がかかるからである。
     
  したがって今年のデータは乾物重当たりの放射能値ではなく、生体重当たりの放射能値になっている。例年と比較するにはおよそ、この2-3倍を掛けるとよいはずである。
     
  ほとんどのクモは雌クモで腹がパンパンで出産まじかであった。雄クモが4匹ばかり取れたのだが、これらは雌クモの20分の一ぐらいと非常に小さくて、個体あたりの総放射能が少ないのですべて検出限界値以下であったので下図からは省いている(あらためてGe法で測る予定である)。
      
  除染を全くしていない空間線量が現在も非常に高いところ(浪江町3-5μSv/h、双葉町13-15、16-19、14μSv/h) でのクモのサンプルであるので、ジョロウグモもコガネクモも内部被ばくはいまだに強烈に高いことがわかる。
 
    
      
高い空間線量を示す放射能汚染地区では、現在では主として土壌の有機物層が放射性セシウム汚染しており、これらの可溶性放射能はバクテリア、カビ、などの栄養源となって濃縮しており、クモはこれらのカビ、バクテリア、その他の地虫を食べている。そのため、いまだに内部放射能被ばくが下がらないと思われる。





 

 
 
スライド2 
 
(森敏)
2018-10-12 14:55 | カテゴリ:未分類
コウノトリはぐくむお米jpeg 
コウノトリ育むお米 有機米

Organic Healthy+Beauty +Ecology の表示

 

 


     

千葉の「幕張メッセ」で農業EXPOが本日までおこなわれている。(1010-12日)

「国際ガーデンEXPO,

「農業資材EXPO,

「次世代農業EXPO,

「6次産業化EXPO,

「道工具作業用品EXPO

に加えて、今年は大々的にブースを広げて

「日本の食品輸出EXPO」(ここだけで主催者によれば600社10000商品とのこと)が併設して開催されていた。

 

すぐには実用化を必ずしも期待されていない大学の研究紹介と異なり、すでに商品化されていたり、これからの商品としての可能性を探る試供品が、多数展示されていた。多くは中小企業の人たちの取り組みで、実に真剣な熱気が感じられた。小生はこのイベントに毎年参加して勉強させてもらっているので、今年も新しい企画や商品だけに興味を絞って、各所の展示ブースに立ち寄ったのだが、どのブースでも、うっかり立ち寄ると、熱心な説明員の売り込みに応答して多少の議論をしなければならないので、たえず気圧され気味であった。
 
  あまりにもブースの数が多すぎて、とても回り切れなくて、2日間だけでドット疲れた。ただし、「日本の食品輸出EXPO」の展示では、600もあるほほ半数のブースで、試食や試飲が出来たので、生来食い意地の張った小生にとってはとても楽しかったのだが。ここの商品は輸出狙いなので英語や中国語でのラベルが多く、会場はアジア系外国人バイヤーでごった返していた。

    

ところで、小生の一番の興味はどこかの業者が「米パン」を学校給食に採用する取り組みがないかであった。先日見たばかりのテレビでは、お茶碗に盛った “白いご飯”と並べて“小麦粉パン”を学校給食で児童に出してみると、およそ7割が、パンを選んだということであった。その理由として、ご飯は残すと先生に叱られる、食器を洗う手間がわずらわしい、などなど。それにくらべてパンなら完食できる、というような児童の感想が紹介されていた。

 

そこで子供たちにお米をどんどん食べてもらうためには、どうすればいいのだろうか? と考えた。「米パン」や「米あんパン」や「サンドイッチ米パン」を提供することが考えられる。そこで展示会場で大企業の小麦の製粉メーカーや、米粉メーカーや、米パンメーカーに、いろんな角度から質問を投げかけてみると、おおよそ以下のことが分かった。

 

 10年ほど前から学校給食にお米を取り入れることは文科省で薦められて普及しているが、使用量は頭打ちかむしろ低下傾向にある。「米パン」はもちもち感があることと、冷えると固くなるので、給食の時間のタイミングに合わせるのがむつかしい。日本ではパンのイメージが大略 “ふわふわ感” があるべきだと子供たちの頭に刷り込まれているようなので、冷えた「米パン」は、「これはパンではない」、という違和感があるのではないか。「米パン」にすると、現時点では国産のお米の原価が小麦の2倍である、。「米あんパン」などにすると子供達は食べるかもしれないが、さらに値段がかさむ。一食300円弱の学校給食で決められている値段ではほかの栄養成分のおかずなどに影響が出るので、とてもむつかしいだろう。

 

などと供給側は「米パン」で学校給食に食い込むのは実に消極的で、製品化する前にほぼ断念を強いられているようである。できない理由ばかり聞かされた。

    

それでも、米麺(べいめん)を細切りにしてサラダで提供したり、月に一食は地産地消農産物を採用すべきであるという自治体の規則で、辛くも週にいっぺんは米飯にしているところもある。というぐあいであった。

 

義務教育での「食育」は単に「栄養と健康」に関する知識ばかりでなく、当たり前のことだが、食べ物の生産と環境問題が切っても切れない関係にあることも教えるきっかけにすべきものである。お米の生産現場である水田の多面的機能(洪水時の貯水機能、景観保持機能、生物多様性の保持機能などなど)を環境問題として、しっかり教育すべきなのである。日本ではお米の生産は国土保全に必須である。だから子供のときからお米をおいしく、おなか一杯に食べてもらうことが必要である。

 

少子化の日本の次世代への教育投資は、今や喫緊の課題である。子供の健康な体を作り、環境問題に貢献する「お米食」はもっと強く推し進めるべきだと思う。それが限界にきているのなら、子供達が食べやすい「米パン食」 さらには「サンドイッチ米パン食」 などを学校給食用に開発すべきであろう。多少とも費用が掛かっても、次世代の育成と環境保全のためには実に安い投資だと思う。

   

正確な記憶でないのだが、今回文科省は学校の地震に危険なブロック塀除去対策に60億円、夏の高温の教室のクーラー対策に800億円を補正予算で計上したと、たしかテレビで報じられていた。

    

文部科学省の調査(2014年5月1日現在)で全国平均の学校給食費の個人負担の月額は、公立小学校高学年で4277円(1食あたり246円)、中学校4882円(同286円)ということである。これにあと毎食50円ぐらい国が負担すれば「サンドイッチ米パン」をつくることはさほど困難ではないだろうか? これだとおかずを米と共に摂取するので、一挙両得ではないだろうか? 
      
 
というようなことをつらつら帰りの東京駅まで40分ばかりかかる京葉線の鈍行のなかで夢見心地で考えていた。  


 (森敏)
 
追記:その後、2018年11月28日の朝日新聞朝刊に以下の小さな記事が写真入りで掲載されている。
口コミでも広がって売れるといいですね!

    
米粉のもっちりコッペパン
敷島製パンは、新潟県産米の米粉を使用したコッペパン「こめこ入りっぺ」を、12月1日から発売する。もっちりとした触感のパンに、北海道産あずきを使った粒あんと、道産練乳入りのクリームをはさんだ。想定価格は税込み110円。関東、中部、関西、中国地区のスーパーなどで扱う。

2018-09-09 18:58 | カテゴリ:未分類

         北海道胆振東部地震の厚真町の震度7の人的物的被害は壮絶だ。しかし、地質学的に見事な総がかり的な山並みの上空からの地滑りをテレビ見ていて、
  
いぶり地震山肌jpeg 
   激しくあちこちが崩落した山肌(NHKテレビから)


かつてじっくりと拝読したことがある故山田忍教授(帯広畜産大学)の

「火山性地土性調査法と北海道に於ける火山性土壤」

という論文を思い出した。文献検索して出てきたこの表題は、山田先生の北大での博士論文だが、小生が読んだのは確か養賢堂の「農業及び園芸」誌の総説だったと思う。(残念ながら検索してもすぐには出てこない)。
          
      この山田教室の門下生であった研究室(故三井進午教授:植物栄養肥料学研究室)の先輩の某氏は、博士課程からは東大に来たのだが、卒論生や修士課程のときには帯広畜産大学で山田忍先生に引き連れられて、北海道の全域の土性をくまなく調査させられたということであった。そのやり方はまさに「足で稼ぐ」体力勝負もので、あちこちで2メートル以上の穴を掘ったり、断崖の土壌断面を詳細に観察して、この白い堆積層は樽前山が何年に噴火した火山灰のものだとか、この褐色の堆積層は有珠岳が何年に噴火した火山灰のものだとか、という同定のしかたであったとのことである。このようにして北海道全域の火山灰土(テフラ)の分布の立体画像を楕円状に表示した図であったと記憶している。まさに古典的な手書きのアナログな土壌分布図である。いまその図を見れば北海道胆振地方の今回地滑りを起こした上層の火山灰がどこの火山由来のものかが直ちにわかるはずである。
 

      そういうつもりで、また文献検索していたら、北海道大学の土壌学教室の故佐々木清一教授(たぶん山田忍先生のお弟子さん)の総説が出てきた(農業土木学会誌 第46巻1号27-30頁)。以下その論文を参照させてもらう。

           

      以下に示す図-1を見ると、論文からの複写の図があまり分解能が鮮明ではないので、わかりにくいのだが、テフラ(火山放出物)は震央であった胆振地方(図- 2)に遠近の火山群からいろいろの年代に重層的に降り注いでいることがわかる。また以下の表1の左端の行の「胆振」(赤線でアンダーラインの欄)を見るとこの地方では他の地方に比べてダントツの面積で「火山放出物未熟土」「湿性火山放出物未熟土」「黒色火山性土」が大半の面積を占めており、胆振地方の森林の表土がまだ十分に固まっていない比較的新鮮な火山灰土であることがわかる。
      
      これらが、今回未曽有の震度7の激震で、簡単に緩い山の勾配でも胆振地方では地滑りを起こした所以なのだろう。それはこれまで、豪雨による地滑りで説明されたものとは全く異なる。火山礫も含まれる60センチばかりの深さの重層的な火山灰土がゆすられてスギ林も崩壊滑落したという「砂上の楼閣」の原理によるものであろう。
 
 
    
 
北海道テフラの分布jpeg 
  
 
スライド2 
     図-2 星印は今回の北海道胆振東部地震の震源地。茶色から黄色の層が震度が高かったことを意味する激震地域。(図-1と比較のこと)  
      
 
 テフラの成分jpeg 

 

  

(森敏)

追記1.山田忍先生は昭和30年に日本農学賞を授賞されている。この研究は北海道火山灰土壌研究の原点ともいうべきものである。
            
              

 追記2.小生がここで紹介した土壌調査の手法はペドロジストの常套手段で別に珍しい手法ではない。日本のペドロジスト(土壌分類学者とでも訳すべきか)は実に土壌断面を眺めていろいろと想像をたくましくするのが大好きで、現地で一つの土壌断面を眺めながら何時間でも彼らは議論をし続けることができる。研究者によっては深入りして想像をたくましくして哲学者のような蘊蓄を語る人もいる。明治以来の長きにわたって、農水省の指導によって、地道に日本の全国の土壌マップは作成されて来ている。それらは、農作物の作付けに肥沃な土壌だろうか、災害時に強靭な土壌だろうか、などなどいろいろな側面で役に立っている。小生も大学院生の頃茨城県石岡地区を1週間にわたって土壌調査の指導を受けたことがある。その時、地質年代の太古の造山運動や火山の噴火から恐竜の時代などと空想をたくましくして、現在の土壌断面を解釈しなければならないと、今は亡き橋元秀教茨城県農業試験場土壌肥料部長に教訓されたことを強烈に覚えている。(宮澤賢治も関豊太郎教授と一緒に岩手県を土壌調査させられていることは、以前にもこのブログでのべたことがある。 )
             
    その意味において、テレビで放映解説された北海道は地質年代的には東西から2つの島が合体してできたもので、その二つの境界に「胆振」があるので(図2)、その上の土質は両方の島から流れ込んできた岩石や土壌などの比較的浅い堆積物なのでので、東西からの「ずれ」が起こる直下型地震も起こりやすいだろう、という説は、きわめて説得力があった(図3)。
 
スライド1 
図3.北海道の地質年代的なできかた。(NHKテレビから)

 

   

昭和30年日本農学賞火山性地土性調査法と北海道における火山性土壌山田  忍
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