2008-08-15 01:52 | カテゴリ:未分類

手記 『万死に一生』柳井乃武夫著 を読む

 

終戦記念日に際して2つの回想記を読み、1つの映像記録を再度見た。

○真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝(講談社)

○第一期学徒出陣兵の手記 『万死に一生』 柳井乃武夫 (徳間文庫)

○「太平洋戦争」 全10巻 ユーキャン企画発行

 

1つめは、真珠湾攻撃から東京大空襲の終戦までに空の武勲を立てて生き残った海軍兵学校出身の超エリートパイロットの回想記であり、2つめはフィリピンのレイテ島の側の小さなポロ島で恐怖の死線をさまよったのち投降して生き残った一兵卒としての東京大学法学部の動員学徒である。空と海と島と、それぞれの立場からのリアルな戦いの記述がなされている。3つ目のユーキャン企画の映像記録は、日本側とアメリカ側からの従軍カメラマンによる迫真のものである。

 

以前にも書いたが、太平洋戦争は小生の小・中・高の学校教育の中で、ほとんど詳しく教えられて来なかったので、知識としても完全に欠落している。敗戦後の10数年間は当時としては未だこの大戦の歴史的評価が定まっているとは云えなかったためであろう。中・高の歴史の教科書には、厚木基地に降り立とうとするサングラスをかけマドロスパイプをくゆらせたマッカーサー元帥、敗戦処理としてのミズーリ号上での無条件降伏調印式、背の高いマッカーサー元帥と背の低い貧相に見える昭和天皇が並んだ写真など、これでもかこれでもかという “敗戦国ニッポン” を強くイメージしたものであった。

 

今回、特に、手記『万死に一生』は、感銘が深かった。終戦間際の米軍や現地フィリピン住民による索敵活動に対して、恐怖でがむしゃらに逃げまどい、死線をさまよう、うんざりとするほど執拗な記述がなされている。これを読みながら、戦国時代の落ち武者の飢えや恐怖感も緊張感もかくありなんと思い、昔読んだ吉村昭の小説「長英逃亡」も連想した。

 

      小生の知人の父親は太平洋戦争の緒戦のガダルカナルの白兵戦で2度も武勲を立てて、皇居で昭和天皇に金鵄勲章(きんしくんしょう)を2回ももらったという。その方の御葬儀の時に、高齢の戦友が、立て板に水の流るるごとく、彼の武勲の様子を弁舌で活写されたことが印象に残っている。このころは日本軍は向かうところ敵なしの破竹の勢いであったのだ。

 

      しかしその後、ミッドウエー海戦での敗戦ののち雪崩を打って日本軍は後退局面に向かう。体勢を立て直して来たアメリカ海軍によって、日本軍は日本本国からの食糧や武器の補給を完全に絶たれてしまう。食料は現地調達せよという無責任きわまりない指令が届く。現地住民から略奪せよというわけである。その結果、太平洋上の島々に日本兵の累々たる屍が形成されつつある時、まさにその時の珊瑚礁の島の洞窟にはいつくばった現地の日本兵の様子が、この『万死(ばんし)に一生』には極めて具体的に、具体的に、記述されている。

 

      この太平洋戦争では、結婚もしたい、学問もしたい、生きたかったであろう有為な人材が、虫けらのように、無念に、飢えやマラリアや射殺や撲殺で死んで行かざるをえなかった。この若者たちの犠牲の上に、戦後の日本の半世紀が経過した。当時の生き残りの方たちは何度もかって自分がさまよった南方戦線に出かけて、戦友達の遺骨収集を未だに続けていると聞く。

 

一見物質的な豊かさに充ち満ちた日本の現今では、未来を展望し得ないニートと、自殺志向の若者が激増している。犬死をした動員学徒と現代のhopeless な若者との溝は本当に深いと本日の終戦記念日に際して思う。

 

(森敏)

 

 

 

 

秘密

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