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2018-09-09 18:58 | カテゴリ:未分類

         北海道胆振東部地震の厚真町の震度7の人的物的被害は壮絶だ。しかし、地質学的に見事な総がかり的な山並みの上空からの地滑りをテレビ見ていて、
  
いぶり地震山肌jpeg 
   激しくあちこちが崩落した山肌(NHKテレビから)


かつてじっくりと拝読したことがある故山田忍教授(帯広畜産大学)の

「火山性地土性調査法と北海道に於ける火山性土壤」

という論文を思い出した。文献検索して出てきたこの表題は、山田先生の北大での博士論文だが、小生が読んだのは確か養賢堂の「農業及び園芸」誌の総説だったと思う。(残念ながら検索してもすぐには出てこない)。
          
      この山田教室の門下生であった研究室(故三井進午教授:植物栄養肥料学研究室)の先輩の某氏は、博士課程からは東大に来たのだが、卒論生や修士課程のときには帯広畜産大学で山田忍先生に引き連れられて、北海道の全域の土性をくまなく調査させられたということであった。そのやり方はまさに「足で稼ぐ」体力勝負もので、あちこちで2メートル以上の穴を掘ったり、断崖の土壌断面を詳細に観察して、この白い堆積層は樽前山が何年に噴火した火山灰のものだとか、この褐色の堆積層は有珠岳が何年に噴火した火山灰のものだとか、という同定のしかたであったとのことである。このようにして北海道全域の火山灰土(テフラ)の分布の立体画像を楕円状に表示した図であったと記憶している。まさに古典的な手書きのアナログな土壌分布図である。いまその図を見れば北海道胆振地方の今回地滑りを起こした上層の火山灰がどこの火山由来のものかが直ちにわかるはずである。
 

      そういうつもりで、また文献検索していたら、北海道大学の土壌学教室の故佐々木清一教授(たぶん山田忍先生のお弟子さん)の総説が出てきた(農業土木学会誌 第46巻1号27-30頁)。以下その論文を参照させてもらう。

           

      以下に示す図-1を見ると、論文からの複写の図があまり分解能が鮮明ではないので、わかりにくいのだが、テフラ(火山放出物)は震央であった胆振地方(図- 2)に遠近の火山群からいろいろの年代に重層的に降り注いでいることがわかる。また以下の表1の左端の行の「胆振」(赤線でアンダーラインの欄)を見るとこの地方では他の地方に比べてダントツの面積で「火山放出物未熟土」「湿性火山放出物未熟土」「黒色火山性土」が大半の面積を占めており、胆振地方の森林の表土がまだ十分に固まっていない比較的新鮮な火山灰土であることがわかる。
      
      これらが、今回未曽有の震度7の激震で、簡単に緩い山の勾配でも胆振地方では地滑りを起こした所以なのだろう。それはこれまで、豪雨による地滑りで説明されたものとは全く異なる。火山礫も含まれる60センチばかりの深さの重層的な火山灰土がゆすられてスギ林も崩壊滑落したという「砂上の楼閣」の原理によるものであろう。
 
 
    
 
北海道テフラの分布jpeg 
  
 
スライド2 
     図-2 星印は今回の北海道胆振東部地震の震源地。茶色から黄色の層が震度が高かったことを意味する激震地域。(図-1と比較のこと)  
      
 
 テフラの成分jpeg 

 

  

(森敏)

追記1.山田忍先生は昭和30年に日本農学賞を授賞されている。この研究は北海道火山灰土壌研究の原点ともいうべきものである。
            
              

 追記2.小生がここで紹介した土壌調査の手法はペドロジストの常套手段で別に珍しい手法ではない。日本のペドロジスト(土壌分類学者とでも訳すべきか)は実に土壌断面を眺めていろいろと想像をたくましくするのが大好きで、現地で一つの土壌断面を眺めながら何時間でも彼らは議論をし続けることができる。研究者によっては深入りして想像をたくましくして哲学者のような蘊蓄を語る人もいる。明治以来の長きにわたって、農水省の指導によって、地道に日本の全国の土壌マップは作成されて来ている。それらは、農作物の作付けに肥沃な土壌だろうか、災害時に強靭な土壌だろうか、などなどいろいろな側面で役に立っている。小生も大学院生の頃茨城県石岡地区を1週間にわたって土壌調査の指導を受けたことがある。その時、地質年代の太古の造山運動や火山の噴火から恐竜の時代などと空想をたくましくして、現在の土壌断面を解釈しなければならないと、今は亡き橋元秀教茨城県農業試験場土壌肥料部長に教訓されたことを強烈に覚えている。(宮澤賢治も関豊太郎教授と一緒に岩手県を土壌調査させられていることは、以前にもこのブログでのべたことがある。 )
             
    その意味において、テレビで放映解説された北海道は地質年代的には東西から2つの島が合体してできたもので、その二つの境界に「胆振」があるので(図2)、その上の土質は両方の島から流れ込んできた岩石や土壌などの比較的浅い堆積物なのでので、東西からの「ずれ」が起こる直下型地震も起こりやすいだろう、という説は、きわめて説得力があった(図3)。
 
スライド1 
図3.北海道の地質年代的なできかた。(NHKテレビから)

 

   

昭和30年日本農学賞火山性地土性調査法と北海道における火山性土壌山田  忍
2018-08-22 15:29 | カテゴリ:未分類

  県立金足農業高校の高校野球の準優勝は実に立派だった。

  

  秋田県では、スポーツでは他にも女子バドミントンのナガ・マツペアが活躍している。

  

  女子フィギャースケートのロシアのザギトワ選手やロシアのプーチン大統領には秋田犬が寄贈されたことも耳に新しい。それよりはるか前から有名な秋田犬は「忠犬ハチ公」であり、渋谷ばかりでなく、東大農学部正門を入ってすぐ横には上野英三郎教授とじゃれているハチ公の銅像がある(すぐ近くの農学部展示館にはこのハチ公の内臓がフィラリアに侵されている内臓標本がそのまま保存されている。一見の価値ありです。)

  

  秋田県ではぎばさ(海藻)とか金農パンケーキなどをこれから販路拡大したいとのこと(東京新聞)

 

  実はいささか専門的になるが、昨年秋田県立大学の植物栄養学研究室が「放射性セシウムを吸収しないイネ」の開発に成功したことは、大学の研究者があまりにも謙虚であるためか、あまり話題になっていない。しかし、これは世界に誇るべき秋田県の快挙である。秋田県立大学は金足農業高校と同様、秋田県が財政的なスポンサーであるからである。あまり声を大にして言いたくないことだが、もしも今後の日本、韓国、中国などの稲作国で原子炉爆発を起こして放射性セシウムで土壌汚染したら、このお米の品種をカリ肥料の施用と共に翌年から使えばよいからである。この品種はほとんど放射性セシウムを玄米種子に移行させないからである。以下に紹介しておいた。

 

http://www.winep.jp/news/204.html

 

  一方で、北朝鮮からの核ミサイル迎撃に向けてと称してイージスアショアを秋田県(と山口県)に防衛省が設置するという事が既定の事実のように来年度の防衛予算(2基で約2700億円)に計上されようとしている。このアメリカの軍需産業に支払う金額は、秋田県の全農業が生み出す農業生産額が1745億円であるのにくらべて、膨大な税金の浪費と言わざるを得ない。秋田県にとって、今年がいいことずくめの話ばかりではないのが、残念である。

     

(森敏)
追記1:高校野球の決勝戦までの連投で、最後の決勝戦途中で、急激に腰を痛めたという吉田投手は、秋田の郷里に凱旋して、テレビのインタビューで
「今、何が一番したいですか?」と問われて
「うちに帰って自分の布団でぐっすり寝たいです!」と答えていた。
肩を痛めたと思ったら、腰でよかったですね。腰の休養には自分の布団が一番なんですね。
同じ日にアメリカで活躍するダルビッシュ投手は完全に肩を痛めて今季は再起が絶望的とか。吉田君には、プロ野球に行って、力みすぎて、消耗品のように使われれて、早々に捨てられるような人生を歩むことのないように祈りたいものです。生真面目で責任感が強すぎるのが心配ですね。心ある地元ファンの誰もがそう思っているのではないでしょうか。
 
追記2:金足農業高校は秋田県立大学と高大連携を推進しており、数名が毎年秋田県立大学に進学しているんだそうです。
 
追記3.金足農業高校の甲子園での活躍に対して秋田県立大学でも「奉加帳」が回され相当の寄付金が集められたんだそうです。決勝戦ではいてもたってもおられず午後からわざわざ休暇を取ってスーパーハイビジョンテレビの会場での応援に旗を持って駆け付けた人も多かったとか。まさに吉田君の活躍は秋田県全県民を巻き込んだフィーバーだったんですね。
 
追記4.以下の記事や実際のテレビでの彼の投球を見ていると、素人の小生でも、「ちょっと危ういな」という気持ちを持った。プロで通じるか心配になってきた。やはり常時150km以上/hの直球を投げることができなければ、チェンジアップの技巧のみではプロには通じないだろう。もっともっと体つくりにプロのコーチの指導を受けないと、自己流のがむしゃらでは、球速の成長が伸び悩んで、本人も早々に肩を痛める壁にぶつかるのではないか。(9月1日 記)

以下本日の記事です

 

 




 野球の第12回U18(18歳以下)アジア選手権(宮崎市、9月3日開幕)に出場する高校日本代表チームは8月31日、KIRISHIMAサンマリンスタジアム宮崎(宮崎市)で宮崎県高校選抜と壮行試合をし、4―2で勝利した。

 2点リードの九回、吉田輝星(金足農)にやっと出番が巡ってきた。代表初登板。「投げたい」という気持ちがあふれ出た。ベンチからマウンドへ全力で駆けた。「しようとは思っていなかったんですが、気づいたら全力でした」。高ぶる右腕を、宮崎の1万6千人の観衆が大歓声で迎えた。

 甲子園以来となる実戦。そこで見せたような冷静な力配分は必要なかった。初球からトップギア。「体が動きすぎて、ボールが行きすぎて、気持ちもあがっていました」:::::

2018-06-22 04:08 | カテゴリ:未分類
 

ススキは、原発爆発当初から注目して、福島県の各地でサンプリングし、放射能を測定してきたが、2011年秋に開花したススキは、あまり放射能が高くなかった。その後もあまり高くなかった。福島第一原発が暴発した時にはススキはまだ芽が地中にあり直接被曝したわけではなかったので、その後に穂が出ていてもこれはほとんどオートラジオグラフに感光しなかったのである。だから毎年ススキは穂が出るのだが、あまり関心がなかった。しかし小生がサンプリングしてきたススキはことごとく道端の畑状態に群生しているものであった。大体福島の農家の人々は結構潔癖好きで、この雑草を疎ましく思うのか、毎年根際から刈り倒しているので道端のススキの地上部には、あまり経年変化立ち枯れした古いものはないのである。

   

しかし今回(2017年晩秋)、久しぶりに試しに双葉町の水田のあちこちに生えているススキの穂を、サンプリングしてきた。これらのススキはすでに穂の種子の「もみ殻」に汚くカビが生えていた(図1、図2)。

   

研究室に持ち帰ってガイガーカウンターを充てると150cpmばかりあった。この放射線量は、これまでの経験と異なり明らかに有意であった。

    

オートラジオグラフを取ると黒カビで汚染している種皮が顕著に放射能汚染していた(図3、図4)。すべての種皮が比較的均等に汚染しているので、これは外部に放射能が付着しているのではなく、種子の栄養をカビが摂取して種皮が放射能で表面汚染しているように見えるのではないかと思われた。

 

穂軸と種子に分けて測定するとほぼ同等の汚染度であった(表1)。今回のように野生のイネ科植物といえども原発事故以来一度も耕作したことがない放棄水田の中に定着したものは、この原発事故以降直近までの数年の内に、何度も乾湿を繰り返す土壌条件の中では、湛水還元状態のときに溶解してくる放射性セシウムイオンを吸収する機会が多くなる。だから、野山の陸地(畑:酸化)状態の、大部分が土壌に固着しているセシウムを吸うのとは訳が違うのかもしれない。
     
  このWINEPブログの過去のどこかで紹介したことがあるが、春先のフキノトウでこのことはすでに証明されている。今回の多年生のススキの種皮の放射能汚染は外部飛来付着ではなく、全部根から吸収して茎を転流してきて種子に蓄積した放射性セシウムを種皮に付着したカビがカリウムの代わりに栄養源として濃縮したことよる内部被ばくと思われる。

 

イネとおなじくススキも生息地が湿地か陸地かによって、セシウムの吸収量が異なるわけである。

 

  

                                                                             



 
スライド1 
 
図1 水田に生えていたススキの穂
 
 
  
 
 
 
 
スライド2
 図2. 図1のオートラジオグラフ
 
   
  

 

 
スライド3 
 
 図3.図2のネガテイブ画像
 
 
 
 
 
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図4.図3の拡大図
 
 
 



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 図5.図4のオートラジオグラフ
 
 
 

 
 
 表1. ススキの穂の放射能

 すすきjpeg
 
 

(森敏)
2018-03-31 10:49 | カテゴリ:未分類

「博士」でも任期付き若手研究者の雇用厳しく

20180301 1433分 読売

 文部科学省科学技術・学術政策研究所は、大学院の博士課程を修了して大学や研究機関に就職した若手研究者らの半数以上が、3年半後も任期付き雇用にとどまっているとの調査結果を発表した。

 同研究所は、2012年度に博士課程を修了した2614人について、3年半後の生活状況などをアンケートで調べた。60%が大学や国の研究機関などに就職していたが、そのうち52%は任期付きの不安定なポストにあることがわかった。

 また、15年度に博士課程を修了した人への別の調査では、4922人の回答者のうち、38%が返済義務のある奨学金などの借金を負っていることもわかった。

 若手研究者が厳しい環境に置かれていることから、文科省は、大学で若手にポストを用意できるような人事システムの改革など、若手研究者を育てるための新計画を6月末をめどに取りまとめる方針だ。

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  こういう若手研究者の深刻な身分の不安定さは、インパクトファクターの高い論文への掲載を狙った若手の研究者によるデータの偽造(フェイクデータ)の、温床になっている。、結果的に日本発の研究論文の信用の失墜に確実につながる可能性が非常に高い。実際論文の被引用度でもボデイーブローのように効いてきているのではないか。
           
  話が横道にそれるが、先日某国立大学の研究者に会って久しぶりに話を聞いていたら、この大学ではすでに研究者一人当たりの光熱水料を差し引いた研究費は年間たった10万円だということで、これには心底驚愕した。
          
  科学技術の人材育成と財政支援の両面が国立大学では崩壊しつつある。
 
   

論文の引用件数や、専門分野ごとの上位1%に入る重要論文の件数が、日本が米、中国、EU諸国にもおいぬかれて、ここ数年にわたって確実に低下しているという指摘が各種の調査機関でなされている。また、日本では国立大学よりも、国立研究法人(理化学研究所、物質材料研究所、生理学研究所、原子力機構などなど)のほうが質の良い論文を出している、などとも報道されている。後者の方が投入予算に対する研究成果が高い、すなわち投資効率が高い、との指摘もなされている。「国立大学は研究マネージメントが悪い」、と日経連や経済同友会に集まる民間会社の社長クラスが国の科学技術政策を論じる会議に参加してしきりにのたまう。
  

しかしこれらの指摘は、大学の有する特質を無視しているものと言わざるを得ない。大学は研究ばかりでなく教育の場である。国立大学の教員が有する教育の負担は甚大なものがある。研究ということがどういうことなのかに全くと言ってよいぐらい無知な新入生を一人前の研究者に人格的にも研究能力的にも気合を入れて真面目に育する苦労は筆舌に尽くしがたい。
  

極論すれば、上記の国立研究機関は、国立大学の教員たちが苦労して育て上げた研究者たちを、ポスドクなどの有給で雇用して、彼らの能力を研究成果として短期間で搾り取る(収奪する)機関なのである。苦労した学生たちを送り出す大学教員たちには、何の見返りもないと言っていいだろう。また、優秀な大学生を就職時に雇用する民間会社も、優秀な学生を育てろと大学側に文句はつけても、教員たちに対する研究資金面での見返りは、多くの場合、何もない。それどころか国立大学は毎年文科省からの「運営費交付金」を減額され続けている。国立大学の教員たちは、研究費を教育費に転用しないと真面目な教育ができない状態に貶められている。だからすでに述べたように教員一人頭10万円しか研究費がないという国立大学の研究室も出てきているのである。
  

大学では自分たちが育てた優秀な修士や博士研究者をポスドクやパーマネントの助教などに継続して昇格雇用できるシステムがいまでは壊滅的に崩壊している。ごくごく少数の有名教授たちが外部資金の大金を獲得して、それらの恩恵に浴しているにすぎない。そのためにほかの零細分野の多くの教員たちはますます研究費が細り、毎日が金欠病でひーひー言っている。研究室間での貧富の差が激しくなっている。好き勝手にやる、数十年後には、ブレークスルーに結び付く研究の種(構想)が貧困化している。本当に危機だと思う。
  

こんなことを言うと「それはお前が無能だからだ」という声が直ちに返ってくるだろう。無能だからかもしれないけれど、最低限の研究費は保証して下さいよ、と現役の研究者を代弁していいたい。年間10万円の研究費で何ができますか? 
    
       
(森敏)
付記:「日本の大学は、一見して企業投資を喚起するような革新をもたらす魅力的な構想がかけているため、日本の大企業が米国の大学に投資をしている。」(科学新聞 3月30日号 「日本の研究力低下に歯止め」 ピーターグル―ス沖縄科学技術大学院大学学長 談)。日本の企業は大学から優秀な人材だけをかっさらって、日本の大学の研究はだめだからと言って、アメリカの大学に研究投資して、そこで得られた特許を、商品として世界中に売りまくる、という資産運用循環を形成しているわけだ。これが企業のグローバル化の実態だ。日本の国立大学の育成人材の活躍の成果である企業の儲けが日本の大学の研究者に還流していない。あったとしても微々たるものだ。


2017-11-28 15:32 | カテゴリ:未分類

 常磐線双葉町架橋工事中jpeg
       双葉町で地震にやられた常磐線の新路線架橋工事中


      去る2011年3月11日の東日本大震災の時の事である。その翌日の3月12日には常磐線大みか駅下車の「茨城キリスト教大学」で「生物の鉄栄養」に関する市民講座をやることになっていた。東大で研究室ゼミに参加しているときに午後246分に震度5のかつてない激震を経験した。その後、タクシーが全くつかまらないので、重い荷物を引きずりながら東京大学から30分かけて上野駅まで歩いて行った。ところが上野駅に着くと、すべての電車がストップしていて、常磐線もいつ再開するかわからない状態。1時間以上待ったのだが、上野駅にいったん集まった人たちが四方八方に駅から逆流して歩いて家路に向かうらしいのを見て、これはけっこう大地震だったのだとだんだんわかってきた。常磐線がストップすれば茨城キリスト教大学での受講者も参加できないので、小生の講演も中止になるだろうと確信した。そこで意を決して、またとぼとぼとラゲージを引きずりながら歩いて自宅に帰った。それにしても、主催者自身から小生に電話が来ないのも、へんだなと思った。こちらからも携帯電話がつながらない。後で聞いたら、水戸の自宅が被災して電話も不通で、大学にも車でいけなかったので、講演開催中止の情報を全く市民講座参加予定者にも拡散できなかったとのこと。そんなにも北関東で事態が深刻だったとは、その時はあまり考えられなかったのだ。長い時間かけてパワーポイントで作った市民講座への講演内容だったので、天災とはいえ、いきなりそれが遮断されたので、なぜだか以後すっかり講演をするのが嫌になった。翌年同じく市民講座を頼まれたのだが固辞した。常磐線にまつわる苦い思い出です。

    

ところが小生は最近、これまでの福島現地への放射能汚染調査に東北新幹線の郡山駅や福島駅からレンタカーでのアクセスを、常磐線側からに変更しつつある。常磐線特急で終点のいわき駅までいき、そこから車で双葉町や浪江町や飯舘村に入るルートに切り替えつつある。以下はそれにまつわるつまらない話の一端です。

      

1.

つい最近まで、常磐線はJR上野駅から始発するものと頭から思い込んでいたので、切符を買うときは無意識に「上野駅-いわき駅 往復」で発注していた。今回水道橋駅でそういう注文をしたら駅員が

「お客さん、東京駅からご出発されませんか? 上野発と東京駅発は同じ料金ですが」と質問された。

「えー? 常磐線に乗るのに東京駅からわざわざ上野駅に行くのは時間がかかるでしょう? 京浜東北とか山手線とかを使っても、上野駅で乗り換えないといけないので面倒でしょう?」

「いえ、東京駅から上野までは5分です、乗りかえなくてもそのまま常磐線に入ります。料金は同じです。」

「えー? 常磐線は上野駅発ではないんですか?」

「今は品川発東京駅経由もございます」

ということで、東京駅発にしてもらった。知らなかったなー。

     

福島の放射能調査のときは東北新幹線で、行きも帰りも、押し葉用に大量に新聞紙を入れた大きな重いラゲッジを持ち込むので、いつも早めに予約して特急のグリーン車の一番後ろの席を確保していた。だから、今回も腰痛を抱えている小生には、タクシーなどは使わずに、わが家からは各所で、エレベーターが使える本郷三丁目ー東京駅経路が一番便利である。

         

今回東京駅の8番線で朝653分時発の「特急日立1号」を待っていたら、常磐線からの通勤客が7番線に次々と到着する車両からどっ、どっと降りてきたのにはびっくりした。どうりで最近の東京駅の中央改札コンコースは朝から晩までむちゃくちゃなラッシュアワーが続くわけだ。(その分上野駅での乗降客がかなり減少したことだろう)。特急日立一号に乗ったら、「20171015日から常磐線が品川―東京―上野までつながった」ことが車内に掲示されていた。

     

実は常磐線で特急の終点である「いわき駅」まで行くのには東京駅から2時間25分もかかる。これは東海道新幹線なら京都駅に到着しているし、北陸新幹線なら金沢駅に到着している時間である。実は、行きの「日立1号」も帰りの「日立28号」も上野駅―水戸駅間は小さな駅をすっ飛ばして、気分的にはすいすいと約1時間でいく感じなのだが、水戸駅―いわき駅間は、小生には名前がなじみのないいくつかの駅に各駅停車に近い頻度で停まった。乗降客はほとんどいない。なぜ水戸駅からいわき駅まで無停車で直行しないのか不思議である。ほとんど特急の意味がない。結局いわき駅には一番早くても午前9時18分に着くことになった。各駅をすっ飛ばせばこの間は30分で行けるだろうに。

 

いわき駅からは車で6号線と高速道路を使って北上し、途中でコンビニに寄って昼飯を調達して、防護服に着替えて、双葉町の帰還困難区域入口のゲートまで約1時間半はかかるので、午前中の調査時間が1時間もない。その上、最近は午後4時になるともう大陽が山の端にかたむいてくるので、全部で5時間も調査時間がない。だから常磐線の東京駅発時間があと1時間でも早い列車を調達してくれれば非常に助かるのだがと、勝手に思ったことである。

 

2.
 
干し芋農家のミルクアイスjpeg 
    茨城 ほしいも農家のみるくアイス (評判とか)
        

今回は双葉町での2日間の調査にかなりの積算放射線量を浴びた後なので、東京への帰路の「特急日立28号」で、甘いものでちんたらと疲れをいやそうと、車内販売で、アイスクリームの「干しいもアイス」を頼んだら、売り子が「お客様、それは残念ながら品切れです。バニラアイスかストロベリーアイスならありますが。。。。。」

「品切れって? 今いわき駅を出発したばかりじゃないの? そんなに早くさばけちゃったの? 先日干しいもアイスがおいしかったのでまた頼んだのですが」

「いえ、本日は早朝最初から在庫がないのです。茨城県の干し芋や金沢の金時芋が最近どこかのテレビで放映されたらしく、お芋自体が売り切れて、在庫が払底して、生産が追い付かず、その上「干しいもアイス」や北陸新幹線での「金時いもアイス」も爆発的な人気を呼んでいて、いもアイスの製造ができないのだそうです。私も今朝直接問屋さんに問い合わせたのですが、そういうお返事でした」

仕方がないので「バニラアイス」で我慢した。(上掲の写真は前回の調査のときに撮影したものです。)

                                                                     

3.

水戸を過ぎてからうとうとして寝ていたら、「あと5分で上野駅に到着です」という車内放送で起こされた。そろそろ降りる準備をしなくちゃ、と思って、リクライニングシートを起こして、立ち上がろうとしたら、両股の内側の筋肉(大腿直筋か?)に激痛が走った。筋肉が痙攣してどうにも片足でも両足でも立ち上がることができない! これは大変だ、このままだと出口のドアに歩いても這っても行けなくて、終点の品川駅まで行って担架で運ばれなければならないことになるかもしれない、と久しぶりに真剣に焦った。若いころ、錦糸町駅で尿管結石の激痛で、途中下車して、激しくおう吐し、担架で病院に運ばれた悪夢がよみがえった。しかしここは頭を冷やして、「冷静に対処しなければ」と、足をゆっくりと左右に動かしながら、痙攣が拡大しないような姿勢を23分真剣にまさぐった。血液を圧迫しているのがいけないのかと思ってそろりそろりと靴下を脱いで、腰のジーパンのベルトも取っ払った。そうすると、ある角度の姿勢で、座席シートのアームや窓辺に手を付きながら腕に力を入れて実にゆっくりゆっくりと立ち上がることができた。そのままの姿勢でじっとしていると、痙攣が少しずつ収まってきた。立ったままでラゲッジの取っ手に寄りかかってじっとしていた。立ったままボー、としている小生の姿を見ながら不信顔で何人かがドアを開け閉めして通過していった。上野駅に到着前に少し歩けるようにり、東京駅では無事列車を降りることができた。

 

あとから考うるに、常磐線のリクライニングシートはほかの新幹線よりも傾きが大きくできて、寝心地が良かった。その間両足先を前席の足掛け(フットレスト)に乗せたままであったのだが、そのぶん脚が宙ぶらりんになっていたので、この大腿直筋をずーっと1時間にわたって緊張させ続けていたので、立ち上がろうとしたときについに痙攣したのかもしれない。これまでもこのか所の筋肉が脱水症のために痙攣したことは自宅で一度だけあった。その時は痙攣が一時間以上続いたのでほとんど気を失うところだった。今回もどうなることかと不安で緊張したが、なんとか命拾いした。

 

最近とみに各所の筋肉の劣化が著しい。これでは外国への長期の飛行機旅行はほとんど絶望的だ。生前の父が、年老いて外国観光ツアーについていけなくなったので、夫婦での海外旅行をあきらめたといっていたことを思い出した。実は機上で醜態をさらさないために、小生はもう5年ばかり外国での学会に参加していない。

           
(森敏)
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