2018-03-19 17:22 | カテゴリ:未分類

東京で靖国神社の桜の開花宣言が出された(317日)。
 
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 図1 開花した言問い通り沿いの西洋タンポポ
 
 
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 図2.開花した東大農学部のシロバナタンポポ
 
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 図3 右の部分に帯化タンポポが湾曲して見える。極端に倭化した西洋タンポポである。
 
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図4.図3の拡大図
 
 
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図3.帯化タンポポを根元からむしり取った。まだ完全に開花していない。
   
    
   

  文京区では東大農学部の南面石垣下の言問い通り側の道路沿いに、311日にタンポポの開花が認められた。この場所は、南に面していて石垣で温められるためか、いつも西洋タンポポの開花が早い。今年は例年になく開花が早かった(図1

       

  この日は詳細に観察すると農学部構内でもシロバナタンポポが開花し始めていた。(図2)

     

  そこで、318日に、さっそく6時に起きて某所にタンポポの観察に出かけた。早朝にはあまり咲いていなかったのだが昼頃になると次々と咲き始めたので少し慌てた。

            

  そして早くも今年の第一号の帯化タンポポを見つけた。(図3、図4、図5)。

         

WINEPの読者には毎年呼び掛けておりますが、身近に帯化タンポポを見つけたら、

        

winep@bird.ocn.ne.jp

           

あてに、発見場所、発見日、帯化タンポポや付近の写真を添付でお送りいただければ幸いです。心からお待ちしております。
      
  タンポポといえども汲みつくせないものがあります。たかがタンポポ、されどタンポポ。
      
(森敏)
追記:タンポポの帯化(たいか)奇形については、もちろん放射線の影響かどうかを考えて、長期の観察を続けているものです。小生たちは、タンポポの帯化がエピジェネテイックな変異で次世代にも遺伝することを確かめて、一昨年の日本土壌肥料学会ですでに報告しております。

タンポポの帯化遺伝子は次世代に遺伝する 
森敏・中西板井玲子・安彦友美・森淳・山川隆・丹羽勝・中西啓仁
土肥要旨集 第62集(2016)p151.
   
過去の以下のWINEPブログの記事をクリックしてご参照ください。

 

2018-02-07 08:16 | カテゴリ:未分類

  「双葉町」を示す道路境界線の石柱に複雑にツタが絡んでいた。手ではぎ取ろうとしてもぎっしりと張り付いていて一気には離れないので、一部をはさみで切り取った(図1、図2)。
 
  これを大学に持ち帰って放射能をガイガーカウンターで測定すると400cpm以上の異常に高い値をしめした。放射能を測ると、毎時 数万ベクレル/kg乾物重 あった(表1)。オートラジオグラフに撮ると(図3、図4)ツタの節位から出ている複数の根も茎と同様に強く汚染していた(図5、図 6、表1)。
 
   ここの土壌の表層の放射線は毎時30-40マイクロシーベルトもある。このツタは石柱からばかりでなく基本的には土壌中の主根からセシウムを吸収しているものと思われる。 
      
石柱に絡むツタjpeg 
図1. 道路わきの双葉町という石柱に絡むツタ


  
   
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図2.はさみで、地上部の石柱に絡んでいる一部を切り取ったもの。
 


 
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図3.図2のオートラジオグラフ。

  
  
 
 
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図4.図3のネガテイブ画像  各所に気根が張り出して、これがコンクリートの石柱に激しく食い込んでいるので、丁寧にはがすのに苦労した。 
 
 

 
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図5. 図1の一部の気根の拡大写真.この根がぎっちりと石柱に張り付いている。 

 
 
 
 
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図6.図5に対応する気根の部分の放射線像の拡大図
 
 
     
 
 
 
 表1.石柱に絡むツタの放射能値
 
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(森敏)
追記1.この石柱は花崗岩でできているので、雲母の含量が豊富で、原発からの放射性セシウムは6年半たった時点では、ほぼ100%がこの雲母に固着しているはずである。石柱を引き抜いて、石柱の表面汚染をオートラジオグラフで撮れば可視的にも汚染の程度がわかるはずなのだが、道路境界標識に対するそんな行為は許されないだろうから断念した。
 線量計でなくて「ガイガーカウンターで直接石柱を測ればいいだろう」という意見が出そうだが、空間線量が高い現地では、放射性セシウムがガンマ線と同時に発するベータ線の空間バックグラウンドが高いので、現地ではガイガーカウンターは表面汚染の測定には全く役に立たない。このことは意外に研究者仲間にも知られていないようだ。
 
追記2.この植物は 若林芳樹氏(株 アスコット)の同定によると、テイカカズラ(キョウチクトウ科テイカカズラ属)である。「細いつる状の茎から吸着根を伸ばしていることから、幼若枝と思われます。樹木などに這い上がり、株が成熟して葉が大きく枝も太くなる(成熟枝)と、香りのよいテイカカズラらしいかわいい5弁花をつけるようになります。」ということです。

2017-12-23 06:34 | カテゴリ:未分類
 
   以下に示すのは、現在双葉町の、住民が避難して耕作放棄している水田に繁茂するセイタカアワダチソウの群落から、ためしに頭のほうから40センチばかりを切り取ったものである(図1)。
 
  実験室に持ち帰って、ガイガーカウンターで表面を軽くサーベイしても、毎分443カウントという異常に高い値であった。
         
  水田土壌の表面の土をえぐり取る除染をしないと、原発事故6年半たっても強度に内部汚染が続いているということである(図2、図3、表1)。
 
  この放射線像には一切外部被ばくが認められないので、全身の放射能はすべて根から吸収されて移行して来たものである。
  
  葉ばかりでなく花器も激しく内部被ばく汚染していることがわかる。
    
   


       

 
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 図1.原発事故6年半後のセイタカアワダチソウ (双葉町)


 

 
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 図2.図1のオートラジオグラフ
 
   

 
 
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図3.図2のネガテイブ画像
 
   

   
 
 表1.セイタカアワダチソウの放射能
 
セイタカアワダチソウの放射能jpeg 
 
 
 
(森敏)
追記: 双葉町の除染が始まった。
   

復興拠点の整備へ、除染を開始 全町避難続く福島・双葉町

20171225 1202

 

 環境省は25日、東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限されている福島県双葉町の帰還困難区域で、住民が再び住めるようにする「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)の整備に向け、除染と建物解体の工事を始めた。

 政府が認定した復興拠点の整備計画に基づく初の除染作業となる。県内7市町村に残る帰還困難区域の復興への第一歩だが、住民の帰還目標は「2022年春ごろまで」とまだ遠い。

 今回の工事は来年7月までの予定で、JR双葉駅周辺の約7ヘクタールで表土のはぎ取りや草刈りなどの除染と、約55軒の住宅や公共施設を解体。今後、範囲を徐々に広げる。

(共同)

2017-12-14 17:52 | カテゴリ:未分類

陽捷之(みなみかつゆき)氏(元農水省環境研所長、現農業環境健康研究所)の

万葉集に詠われた土壌―「あおによし」「はに]「にふ」-

という解説文が、近刊の日本土壌肥料学雑誌88巻第6号p568-573に

掲載されている。なかなか蘊蓄(うんちく)で固めた名文だと思う。

 

      そのなかに、

:::::埴(はに)は、質の緻密な黄赤色の粘土をいう。黄土(はに)・埴生(はにふ)は埴のある土地をいう。真埴(まはに)は、埴の美称である。赤黄色の粘土で瓦や陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した(日本国語大辞典、2006)

:::::

鉄分を多量に含む黄褐色の土は、おおむね粘土層の上に滞留する。土中の鉄分が雨水と共に下降し、密度の高い粘土層に到達すると一定の幅で黄褐色の帯状の層ができる。黄土をやいて土器をつくるため、また染色に用いるための粘土層がそこにはある。この黄土は、鉄分を含むから焼けば赤くなる、黄土が「きはに」ではなく『はにふ』と呼ばれる所以であろう。

:::

 

という文章を見つけた。なるほどなるほど。ここまでは、小生も専門である「土壌と鉄」に関する記述である。

           

      ここまでを読みながら、はにゅうと発音するこの言葉の連想から、旧い小学唱歌で有名な「埴生(はにゅう)の宿」というイギリス民謡の翻訳の語源を知りたくなった。

          

    埴生の宿もわが宿

    玉のよそひ うらやまじ

    のどかなりや 春のそら

    花はあるじ 鳥は友

    ああわがやどよ

    たのしとも たのもしや

              

     中学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)でもジャングルでの日英兵士の「埴生の宿」の合唱でストーリーが終わっていた。英国人はこの歌が大好きだと書かれていたと思う。小生もこれまでこの歌を、口ずさんだり、ハーモニカで吹いたりしていたのだが、その意味をきちんと考えたことがなかった。

                

      ネットで検索すると

―――――

『日本童謡事典』の「埴生の宿」p323-32の解説によれば,
「みずからの生まれ育った花・鳥・虫に恵まれた家を懐かしみ讃える歌」「埴生の宿」とは,床も畳もなく「埴」(土=粘土)を剥き出しのままの家のこと,そんな造りであっても,生い立ちの家は,「玉の装い(よそおい)」を凝らし「瑠璃の床」を持った殿堂よりずっと「楽し」く,また「頼もし」いという内容。
   
『日本の唱歌 上 明治篇』のp84-85によれば,
「イギリスのビショップ(Henry Bishop,1786-1855)の「楽しきわが家」(Home,Sweet Home)に,里見義が作詩したもの。原詩に忠実で,「訳詩」というべきかもしれない。」「「埴生の宿」とは,元来「貧しい粗末な家」という意味である
古語では,「たのし」にも「たのもし」にも「富んでいる」という意味がある。里見はこのことを知っていて,「心は富めり」という心境を表すためにこの単語を使ったのであろうか。
   
『新明解国語辞典』のp1209に、「埴生」「粘土性の土」の意の雅語的表現。「の宿〔=土で塗った,みすぼらしい家〕」
   
『世界の愛唱歌:ハンドブック』の「埴生の宿」:p228-229によれば、
「土間にじかに筵(むしろ)を敷いて寝る粘土で作った家が埴生の宿」「それほど貧しい家であっても,我が家が一番楽しくていいものよ,」「玉の装い(よそおい)=宝石を散りばめたような素晴らしいところ,羨まじ=うらやましくない,瑠璃の床=宝石を散りばめた床
 

   

 と、ほぼ完ぺきな説明があった。まとめると
「埴生の宿」とは
「埴」(土=粘土)でかためた剥き出しの壁のままの粗末な家のこと 
となる。
        
          
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(図1)双葉町でみた典型的な埴生の壁土の作業小屋。  東日本大地震で壁が崩落している。いまだに空間放射線量が 毎時10.4マイクロシーベルト。
     
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(図2)東日本大地震で傾いた後、ドロボーや野獣で狼藉された壁土が埴生の民家の作業小屋。いまだに空間放射線が 毎時9.8マイクロシーベルト。  
    
 
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(図3) 埴生の土蔵 東日本大地震で漆喰が剥落して、2種類の色の埴生の壁土が露出している。いまだに空間放射線量が 毎時9.5マイクロシーベルト。
      
           

最近福島県双葉町に入っていろいろと放射能汚染調査をしているが、その民家の外観や内部の荒れ方(荒らされ方?)は尋常ではない。民家の外観の崩壊は大地震によるものであるが、母屋や(ここではプライバシーの関係で示していないが)土蔵(図3)や作業小屋(図1)の内部は地震の揺れのせいばかりではなく、イノシシやサルやハクビシンやタヌキや、明らかに人間による荒らされた形跡もある(図2)。現在の空間線量10マイクロシーベルト以上の民家でも、定期的に避難先から帰ってきて、室内や室外を掃除されている家屋も稀ではあるが、見ることができる。心が痛む。住めないことがわかっていても、避難している住民にとっては “故郷忘じ難く候”なのであろう。        

                  

この「埴生の宿」で出てくるような家は建物が近代化した双葉町では今ではまれであるが、3.11の大震災で崩壊した土蔵の外壁の白い漆喰がはがれて、まさに埴生が露出しているところが何軒かあった(図3)。そこから、たぶん明治政府による、この先々代の地主と思われる土地の検地証文が、野獣の狼藉により多数飛び出て散乱していた。

  

     

(森敏)

付記:この「埴生の宿」のメロデイーを久しぶりに聴きたくなって u-tube で検索したら、演奏はたくさんあったが、中でもソプラノ歌手の森麻季さんの感動的な歌唱力の映像が出てきた。圧巻である。聴いていて懐かしさで涙が出てきた。しかし福島の避難されている方々は、きっと「悔し涙」でこれを聴くことだろう。
         

https://myplay.video/movie/erCiwys8uNo/home-sweet-home-

https://www.youtube.com/watch?v=erCiwys8uNo&feature=share
 
追記1.平昌オリンピックのフィギャースケートで優勝した羽生結弦選手の「はにゅう」の姓の起源も、この赤土の埴生(はにゅう)に由来するものと思われる。(2018年2月20日 記)

2017-11-06 11:48 | カテゴリ:未分類

          銀河鉄道の父 門井慶喜著 講談社を9月13日に発売されたことを知って読んだ。この本は一見小説風になっているが、宮沢賢治の父親である「宮沢政次郎の目を通してみた賢治像」という構成になっている。会話調が多いのですらすらと読めた。
  
  小生はこの本を入手する直前には、近所の図書館に「宮沢賢治の真実」修羅を生きた詩人 今野勉著 新潮社 を今年2月に出版されたときに回覧を頼んでいたのだが、偶然順番がまわってきたのでそれを入手して、読み終えたばかりであった。こちらのほうは主として賢治の詩作に関して忠実に文献考証をした、力作の論考で、読むのには少し時間がかかった。

 

35年前の我が家の書斎の壁には、当時花巻の山頂にある宮沢賢治記念館で購入した

『雨ニモマケズ、

風ニモマケズ、

:::』

という、超有名な賢治が病床で手帳に書きつけた詩を拡大コピーしたのをピンで留めていた(確か500円ぐらいだったと思う)。当時はなにかと心に余裕がなく、賢治の、ほかの詩や、童話や、芸術論などは読んでもあまりピンとこなかったのだが、この詩だけはわかりやすく、文学に疎い小生にもすっと理解できたからである。それに、この詩は小学校時代の教科書にも載っていたので懐かしくて記念館で購入したのだった。

 

  その後も、賢治の数多くの詩作や童話に関しては、それこそいろいろな解説本(今ではたぶん全部で2百冊以上!!)が続々と出ていたのだが、あまり読む気がしなかった。およそ「近代詩」というものはきわめて主観的なものなので、作者の個人史的な時代背景説明がないとほとんど理解できないという確信に近いものを今でも持っている。だから今回の著作 「宮沢賢治の真実」修羅を生きた詩人 が、賢治のいくつかの詩作を賢治の保阪嘉内との「同性愛」という視点から執拗に分析し文献考証しているのには新鮮で感嘆した。小生が知らなかっただけなのだろうが。

  

長じて、賢治の詩である「永訣の朝」や「無声慟哭」などが実にインパクトのある詩作だという評判が聞こえてきたので、作詩の背景がずっと気になっていた。実際のところ、この詩の背景にある、妹のトシと賢治の関係はどうなっていたのだろう?

 

ところが、今回上記の二つの本を読んで、賢治とトシの関係が真正面から論じられていることにいささか感動した。トシが結核で死ぬる場面は、立ち会った父母兄弟など家族たちの残した証言集から時系列的といってもよいぐらい上記の2冊ともに詳細に記述されている。
 
  だが、その家族からも見えない賢治とトシの心の内面を、奇しくも二人の著者は想像をたくましくして力を注いで論じている。それがその時賢治が書いた「永訣の朝」や「無声慟哭」の詩の解釈とともに、なかなかの迫力で迫ってくるのである。読んでいて、長年の疑問が少し氷解した。

 

賢治が本格小説ではなく、わかりやすく楽しい「童話」をなぜ書いたのか、という疑問に関しては、愛する妹のトシが結核のために女学校の教師を辞めて、自宅の隔離別棟に長く病床に臥しているときに、一緒に寝泊まりして新作童話を読み聞かせて、その都度批評を仰いだという場面が描かれていて、納得した。賢治は農民にもわかりやすいお話を童話という手法を用いて書いてトシにチェックしてもらうのが楽しくて仕方がなかったのであるそうな。

   
    

(森敏)
 

付記1:賢治の在籍していた現在の岩手大学肥料学教室に、賢治と時代が交錯していないが同じく在籍していた亀井茂技官は、土壌肥料学的な観点からの、賢治研究の大御所ともいえる人物である。彼は正確で緻密な文献考証による多くの「賢治研究」の著作をものにしている。これらの著作をあまり文学者や詩人は賢治研究に引用していないようだ。小生は亀井氏からいつも彼の文献をいただいていたので、賢治のあらゆる発想の根源が土壌肥料学的知見に基づくことを理解していたつもりであった。

 

賢治の個人史に関しては、賢治は盛岡高等農林学校の関豊太郎教授(1927年 日本土壌肥料学会初代会長)の卒論生だったが、関教授の土壌学教室に研究員として残り続けるといずれ助教授になれたかもしれないのだが、きっぱりと研究者への道を断念している。「土壌分類学や土壌の化学分析が実際の農業に役立つと思えないので、大学に残ることに魅力を感じない」という由を父親の政次郎宛に手紙を書いている。しかしドイツ帰りの気鋭の関教授のもとで、短期間ではあるが卒業後も研究生として土壌調査に加わって、正統な学問の本質(エッセンス)をかじったであろうことは、想像に難くない。その時獲得した「現場の風景を天文学・気象学・地質学・腐植や粘土鉱物学的な発想で解釈する」という土壌分類学の研究の方法論は、彼の童話や詩作の骨肉を形成しているといっても過言ではないであろう。こが賢治の作品が通常の詩人や作家と異なる異才を放つゆえんだと思う。(土壌肥料と宮沢賢治2 一関豊太郎と宮澤賢治一 亀井 茂 日本土壌肥料学雑誌 第67巻第2号 p213-220(1996) 参照)

 

付記2:「永訣の朝」の全文は下記のWINEPブログ記事にてもご参照ください。

2016/11/08 : 宮澤賢治の詩と高村光太郎の詩に寄せて
      
      
追記1.本日、この作品が直木賞に決まった。妥当な線かな。(2018年1月16日)

 

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