2018-03-31 10:49 | カテゴリ:未分類

「博士」でも任期付き若手研究者の雇用厳しく

20180301 1433分 読売

 文部科学省科学技術・学術政策研究所は、大学院の博士課程を修了して大学や研究機関に就職した若手研究者らの半数以上が、3年半後も任期付き雇用にとどまっているとの調査結果を発表した。

 同研究所は、2012年度に博士課程を修了した2614人について、3年半後の生活状況などをアンケートで調べた。60%が大学や国の研究機関などに就職していたが、そのうち52%は任期付きの不安定なポストにあることがわかった。

 また、15年度に博士課程を修了した人への別の調査では、4922人の回答者のうち、38%が返済義務のある奨学金などの借金を負っていることもわかった。

 若手研究者が厳しい環境に置かれていることから、文科省は、大学で若手にポストを用意できるような人事システムの改革など、若手研究者を育てるための新計画を6月末をめどに取りまとめる方針だ。

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  こういう若手研究者の深刻な身分の不安定さは、インパクトファクターの高い論文への掲載を狙った若手の研究者によるデータの偽造(フェイクデータ)の、温床になっている。、結果的に日本発の研究論文の信用の失墜に確実につながる可能性が非常に高い。実際論文の被引用度でもボデイーブローのように効いてきているのではないか。
           
  話が横道にそれるが、先日某国立大学の研究者に会って久しぶりに話を聞いていたら、この大学ではすでに研究者一人当たりの光熱水料を差し引いた研究費は年間たった10万円だということで、これには心底驚愕した。
          
  科学技術の人材育成と財政支援の両面が国立大学では崩壊しつつある。
 
   

論文の引用件数や、専門分野ごとの上位1%に入る重要論文の件数が、日本が米、中国、EU諸国にもおいぬかれて、ここ数年にわたって確実に低下しているという指摘が各種の調査機関でなされている。また、日本では国立大学よりも、国立研究法人(理化学研究所、物質材料研究所、生理学研究所、原子力機構などなど)のほうが質の良い論文を出している、などとも報道されている。後者の方が投入予算に対する研究成果が高い、すなわち投資効率が高い、との指摘もなされている。「国立大学は研究マネージメントが悪い」、と日経連や経済同友会に集まる民間会社の社長クラスが国の科学技術政策を論じる会議に参加してしきりにのたまう。
  

しかしこれらの指摘は、大学の有する特質を無視しているものと言わざるを得ない。大学は研究ばかりでなく教育の場である。国立大学の教員が有する教育の負担は甚大なものがある。研究ということがどういうことなのかに全くと言ってよいぐらい無知な新入生を一人前の研究者に人格的にも研究能力的にも気合を入れて真面目に育する苦労は筆舌に尽くしがたい。
  

極論すれば、上記の国立研究機関は、国立大学の教員たちが苦労して育て上げた研究者たちを、ポスドクなどの有給で雇用して、彼らの能力を研究成果として短期間で搾り取る(収奪する)機関なのである。苦労した学生たちを送り出す大学教員たちには、何の見返りもないと言っていいだろう。また、優秀な大学生を就職時に雇用する民間会社も、優秀な学生を育てろと大学側に文句はつけても、教員たちに対する研究資金面での見返りは、多くの場合、何もない。それどころか国立大学は毎年文科省からの「運営費交付金」を減額され続けている。国立大学の教員たちは、研究費を教育費に転用しないと真面目な教育ができない状態に貶められている。だからすでに述べたように教員一人頭10万円しか研究費がないという国立大学の研究室も出てきているのである。
  

大学では自分たちが育てた優秀な修士や博士研究者をポスドクやパーマネントの助教などに継続して昇格雇用できるシステムがいまでは壊滅的に崩壊している。ごくごく少数の有名教授たちが外部資金の大金を獲得して、それらの恩恵に浴しているにすぎない。そのためにほかの零細分野の多くの教員たちはますます研究費が細り、毎日が金欠病でひーひー言っている。研究室間での貧富の差が激しくなっている。好き勝手にやる、数十年後には、ブレークスルーに結び付く研究の種(構想)が貧困化している。本当に危機だと思う。
  

こんなことを言うと「それはお前が無能だからだ」という声が直ちに返ってくるだろう。無能だからかもしれないけれど、最低限の研究費は保証して下さいよ、と現役の研究者を代弁していいたい。年間10万円の研究費で何ができますか? 
    
       
(森敏)
付記:「日本の大学は、一見して企業投資を喚起するような革新をもたらす魅力的な構想がかけているため、日本の大企業が米国の大学に投資をしている。」(科学新聞 3月30日号 「日本の研究力低下に歯止め」 ピーターグル―ス沖縄科学技術大学院大学学長 談)。日本の企業は大学から優秀な人材だけをかっさらって、日本の大学の研究はだめだからと言って、アメリカの大学に研究投資して、そこで得られた特許を、商品として世界中に売りまくる、という資産運用循環を形成しているわけだ。これが企業のグローバル化の実態だ。日本の国立大学の育成人材の活躍の成果である企業の儲けが日本の大学の研究者に還流していない。あったとしても微々たるものだ。


2018-03-01 16:34 | カテゴリ:未分類

NHKスペシャル 「被曝の森2018」見えてきた汚染循環

2018年3月7日(水)

午後10時25分〜11時15分  50分番組 NHK総合 (全国放送)

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180307

 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放射性物質で汚染された区域はこの先どうなっていくのか? 2016年3月に放送した「被曝の森~原発事故5年目の記録~」では、急速に家々を覆っていく植物や、昼間から住宅地に出現するイノシシなど、無人の町が野生に侵食されつつある衝撃の実態を明らかにした。放射性物質の生物影響に関する様々な研究報告も伝え、低線量被曝の謎に迫った。今回の番組はその続編。
 去年の春、被災地は新たな局面を迎えた。国による計画除染が終わり、広い範囲で一斉に避難指示が解除された一方で、山間部を中心に「帰還困難区域」として取り残される地域が生まれたのだ。その面積は340km2(東京23区の約半分)。対象となる住民は2万4千人に及ぶ。そうした「帰還困難区域」で、放射性物質はどのような影響をもたらしているのか? 科学者による研究は、より深く、より多角化している。これまで調査されてこなかった高線量の森に踏み込み、生態系の中で放射性物質がどのように移動・残留しているのか、解明が進んでいる。科学者たちの挑戦や住民の思いを追いながら、その実態を記録する。

 

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ということだそうです。


(森敏)

小生らの放射線像も何枚か登場するはずです。放映は遅い時間帯ですが、番組向上のためにも、ぜひ御視聴いただき、後に批判的感想を「NHK 科学環境番組部」に寄せてあげてください。
 
 
追記:
速報!
NHKスペシャル 「被曝の森2018」見えてきた汚染循環」
再放送は深夜です。

再放送は
2018年3月10日(土) 午前0時55分〜(50分)
つまり、金曜の25時55分から
ということです。

録画しなかった方は、ぜひ再視聴ください。

 
追記2:以下のホームページでも見られます。
http://www.dailymotion.com/video/x6fu0tm

2017-12-23 06:34 | カテゴリ:未分類
 
   以下に示すのは、現在双葉町の、住民が避難して耕作放棄している水田に繁茂するセイタカアワダチソウの群落から、ためしに頭のほうから40センチばかりを切り取ったものである(図1)。
 
  実験室に持ち帰って、ガイガーカウンターで表面を軽くサーベイしても、毎分443カウントという異常に高い値であった。
         
  水田土壌の表面の土をえぐり取る除染をしないと、原発事故6年半たっても強度に内部汚染が続いているということである(図2、図3、表1)。
 
  この放射線像には一切外部被ばくが認められないので、全身の放射能はすべて根から吸収されて移行して来たものである。
  
  葉ばかりでなく花器も激しく内部被ばく汚染していることがわかる。
    
   


       

 
スライド1 
 
 図1.原発事故6年半後のセイタカアワダチソウ (双葉町)


 

 
スライド2 
 図2.図1のオートラジオグラフ
 
   

 
 
スライド3 


図3.図2のネガテイブ画像
 
   

   
 
 表1.セイタカアワダチソウの放射能
 
セイタカアワダチソウの放射能jpeg 
 
 
 
(森敏)
追記: 双葉町の除染が始まった。
   

復興拠点の整備へ、除染を開始 全町避難続く福島・双葉町

20171225 1202

 

 環境省は25日、東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限されている福島県双葉町の帰還困難区域で、住民が再び住めるようにする「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)の整備に向け、除染と建物解体の工事を始めた。

 政府が認定した復興拠点の整備計画に基づく初の除染作業となる。県内7市町村に残る帰還困難区域の復興への第一歩だが、住民の帰還目標は「2022年春ごろまで」とまだ遠い。

 今回の工事は来年7月までの予定で、JR双葉駅周辺の約7ヘクタールで表土のはぎ取りや草刈りなどの除染と、約55軒の住宅や公共施設を解体。今後、範囲を徐々に広げる。

(共同)

2017-12-14 17:52 | カテゴリ:未分類

陽捷之(みなみかつゆき)氏(元農水省環境研所長、現農業環境健康研究所)の

万葉集に詠われた土壌―「あおによし」「はに]「にふ」-

という解説文が、近刊の日本土壌肥料学雑誌88巻第6号p568-573に

掲載されている。なかなか蘊蓄(うんちく)で固めた名文だと思う。

 

      そのなかに、

:::::埴(はに)は、質の緻密な黄赤色の粘土をいう。黄土(はに)・埴生(はにふ)は埴のある土地をいう。真埴(まはに)は、埴の美称である。赤黄色の粘土で瓦や陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した(日本国語大辞典、2006)

:::::

鉄分を多量に含む黄褐色の土は、おおむね粘土層の上に滞留する。土中の鉄分が雨水と共に下降し、密度の高い粘土層に到達すると一定の幅で黄褐色の帯状の層ができる。黄土をやいて土器をつくるため、また染色に用いるための粘土層がそこにはある。この黄土は、鉄分を含むから焼けば赤くなる、黄土が「きはに」ではなく『はにふ』と呼ばれる所以であろう。

:::

 

という文章を見つけた。なるほどなるほど。ここまでは、小生も専門である「土壌と鉄」に関する記述である。

           

      ここまでを読みながら、はにゅうと発音するこの言葉の連想から、旧い小学唱歌で有名な「埴生(はにゅう)の宿」というイギリス民謡の翻訳の語源を知りたくなった。

          

    埴生の宿もわが宿

    玉のよそひ うらやまじ

    のどかなりや 春のそら

    花はあるじ 鳥は友

    ああわがやどよ

    たのしとも たのもしや

              

     中学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)でもジャングルでの日英兵士の「埴生の宿」の合唱でストーリーが終わっていた。英国人はこの歌が大好きだと書かれていたと思う。小生もこれまでこの歌を、口ずさんだり、ハーモニカで吹いたりしていたのだが、その意味をきちんと考えたことがなかった。

                

      ネットで検索すると

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『日本童謡事典』の「埴生の宿」p323-32の解説によれば,
「みずからの生まれ育った花・鳥・虫に恵まれた家を懐かしみ讃える歌」「埴生の宿」とは,床も畳もなく「埴」(土=粘土)を剥き出しのままの家のこと,そんな造りであっても,生い立ちの家は,「玉の装い(よそおい)」を凝らし「瑠璃の床」を持った殿堂よりずっと「楽し」く,また「頼もし」いという内容。
   
『日本の唱歌 上 明治篇』のp84-85によれば,
「イギリスのビショップ(Henry Bishop,1786-1855)の「楽しきわが家」(Home,Sweet Home)に,里見義が作詩したもの。原詩に忠実で,「訳詩」というべきかもしれない。」「「埴生の宿」とは,元来「貧しい粗末な家」という意味である
古語では,「たのし」にも「たのもし」にも「富んでいる」という意味がある。里見はこのことを知っていて,「心は富めり」という心境を表すためにこの単語を使ったのであろうか。
   
『新明解国語辞典』のp1209に、「埴生」「粘土性の土」の意の雅語的表現。「の宿〔=土で塗った,みすぼらしい家〕」
   
『世界の愛唱歌:ハンドブック』の「埴生の宿」:p228-229によれば、
「土間にじかに筵(むしろ)を敷いて寝る粘土で作った家が埴生の宿」「それほど貧しい家であっても,我が家が一番楽しくていいものよ,」「玉の装い(よそおい)=宝石を散りばめたような素晴らしいところ,羨まじ=うらやましくない,瑠璃の床=宝石を散りばめた床
 

   

 と、ほぼ完ぺきな説明があった。まとめると
「埴生の宿」とは
「埴」(土=粘土)でかためた剥き出しの壁のままの粗末な家のこと 
となる。
        
          
スライド2  
(図1)双葉町でみた典型的な埴生の壁土の作業小屋。  東日本大地震で壁が崩落している。いまだに空間放射線量が 毎時10.4マイクロシーベルト。
     
スライド1

(図2)東日本大地震で傾いた後、ドロボーや野獣で狼藉された壁土が埴生の民家の作業小屋。いまだに空間放射線が 毎時9.8マイクロシーベルト。  
    
 
スライド3 
(図3) 埴生の土蔵 東日本大地震で漆喰が剥落して、2種類の色の埴生の壁土が露出している。いまだに空間放射線量が 毎時9.5マイクロシーベルト。
      
           

最近福島県双葉町に入っていろいろと放射能汚染調査をしているが、その民家の外観や内部の荒れ方(荒らされ方?)は尋常ではない。民家の外観の崩壊は大地震によるものであるが、母屋や(ここではプライバシーの関係で示していないが)土蔵(図3)や作業小屋(図1)の内部は地震の揺れのせいばかりではなく、イノシシやサルやハクビシンやタヌキや、明らかに人間による荒らされた形跡もある(図2)。現在の空間線量10マイクロシーベルト以上の民家でも、定期的に避難先から帰ってきて、室内や室外を掃除されている家屋も稀ではあるが、見ることができる。心が痛む。住めないことがわかっていても、避難している住民にとっては “故郷忘じ難く候”なのであろう。        

                  

この「埴生の宿」で出てくるような家は建物が近代化した双葉町では今ではまれであるが、3.11の大震災で崩壊した土蔵の外壁の白い漆喰がはがれて、まさに埴生が露出しているところが何軒かあった(図3)。そこから、たぶん明治政府による、この先々代の地主と思われる土地の検地証文が、野獣の狼藉により多数飛び出て散乱していた。

  

     

(森敏)

付記:この「埴生の宿」のメロデイーを久しぶりに聴きたくなって u-tube で検索したら、演奏はたくさんあったが、中でもソプラノ歌手の森麻季さんの感動的な歌唱力の映像が出てきた。圧巻である。聴いていて懐かしさで涙が出てきた。しかし福島の避難されている方々は、きっと「悔し涙」でこれを聴くことだろう。
         

https://myplay.video/movie/erCiwys8uNo/home-sweet-home-

https://www.youtube.com/watch?v=erCiwys8uNo&feature=share
 
追記1.平昌オリンピックのフィギャースケートで優勝した羽生結弦選手の「はにゅう」の姓の起源も、この赤土の埴生(はにゅう)に由来するものと思われる。(2018年2月20日 記)

2017-10-16 22:38 | カテゴリ:未分類
  双葉町には、これまで「官公庁の放射能関連の研究費をもらっている研究者しか入れてもらえない」、とうわさに聞いていたので、小生らは、この町に入ることを遠慮していた。小生らはそういうお金をこれまで一切もらえていないので。

  しかし福島第一原発から半径10キロメートル以内の「双葉町」は地理的にはそれより外側の浪江町の高放射能汚染地域の「小丸地区」に隣接しているので、双葉町も強烈な汚染地域がまだあ るはずである。そういう地域の動植物の生態系の変遷を、本当は原発暴発事故初期から継続的に放射線による環境影響調査をしておかないと、この地域のデータが後世にブラックボックスになることをずっと危惧していた。そこで今回すでに原発事故から6年経過しているのだが、思い切って、立ち入りを役場に申請したら、許可が下りた。
    
  今回時間の許す限り、われわれ自身がこれまでの調査のなかでも最高に高い被曝をしながらも、詳細に調査してきた。のだが、住民の個人情報になるので、細かい写真がここで開示できないのが残念である。 
      
  原発事故の影響は気が遠くなるほどだ。放射能汚染生物の放射能を実測すると、現在すでに放射線量としてはCs-134Cs-1371割程度に減少しているので、放射能の主成分はCs-137である。Cs-137の半減期は30年であるから。現在のこの双葉町の高い総放射線量は、これまでのように急速に減少することはないと考えられる。このままでは、今生きている避難住民が、生きているうちに帰還して住めるようになるのはちょっと絶望的だ。
   
  2011年3月をあらためて思い出そうではないか。
   
 
  
   *18日に、いくつかの写真を追加しました。

 
 
    
スライド1 
 
立ち入り禁止区域にやっと入れた。防護服の警備員から「どうぞお入りください」の合図。
  
  

スライド2 
  
JR双葉駅。JR常磐線はまだここまでは開通していない。駅前広場などは除染されていた。

   
   
 
 
スライド6 
  
レールの敷設のためのコンクリート製の枕木がずらーっと、プラットホームに並べられていた。高放射線量なので、JRの下請け業者が作業員を集められないのだとか。
 
   
  

 
スライド3 
 
駅前商店街は完全なゴーストタウン。一階が地震で破損しているところが多いので、住むつもりなら、高濃度放射能汚染と地震とのダブルパンチなので、軒並み建て替えが必要なことは言うまでもない。 

 
 
 
スライド4  
 
典型的な一例。目の錯覚かと思わせる震災で一階が傾いたままの本屋さん 

  

 
 
スライド5 
つぶれた家屋の門になぜか「福助足袋」の石像
   
  
  
スライド7 
   
ゆきわりそう:忍耐 の町の紋章のマンホールのふた。原発事故で避難させられて忍耐を強いられている双葉住民にとっては強烈な皮肉。
  
   
スライド6 

幹線道路を時たま通るのは、おそらく原発付近の中間貯蔵施設に向かっている放射能汚染廃棄物が入った1立(リューベ)のフレコンバックを積んだトラックのみ。
  

  
  
スライド8
 
   
「福島県双葉高等学校」の校庭。 雑草が立ち枯れしている。線量計は毎時0.279マイクロシーベルトという低い値を示していたので。一度は除染したものと思われる。

    
 
 スライド1
   
真に驚いたことに、福島県双葉高等学校の敷地内には、双葉町による原子力災害集合場所として「ひなんばしょ」の標識が建てられていた。原発建設時から、町民は原子炉災害を覚悟していたのだろうか? 原発暴発当時、町民がここに実際に避難したのだろうか?

    
  
  
   
スライド5 

上記と同じく、さる道端の小さなプレハブ集会所には、原子力災害時の「ひなんばしょ」なる標識が張られていた。原発暴発当時、町民がここに実際に避難したのだろうか?
   
こういうパネルは福島第一原発から10キロ圏外では見かけた記憶がない。
   
   
 
   
 
スライド9 
   
村社八幡神社。これも目の錯覚かとおもわせる、傾いて今にも崩れそうな本殿。ふしぎなことに屋根瓦は一枚も損傷していない。
   
ここでは紹介しないが、室内に神具と思われる「小太鼓」が安置されているが、床は生活用品やガラスの破片が飛び散って荒れ放題である。右の開いたドアから入った野生動物による足跡がいっぱいで、彼らによる狼藉と思われる。
  
  
スライド4  
   
上記神社の、向かって手前の左右2体の石像はサルなのか狛犬なのか顔面にびっしりと苔が生えていて、正体が不明。この右の像の苔は原発事故当時相当な高線量被ばくをしたと思う。まだその放射能は残っているはずである。数百万ベクレル/kg乾物重 はあるのではないだろうか? 
     
小生にはこの像が広島の原爆被害者の全身被ばくケロイドに見えた。
現在の空間線量は毎時5.9マイクロシーベルト。 


 
   
  
 
スライド10 
  
民家のガラス戸。左のガラス戸の下部が割れている。ここからネズミ、ハクビシン、イノシシなどの野生動物が入ったためだろうか、室内は見るも無残な荒れ具合である。
     
全ガラス戸の下部にはイノシシが鼻をくっつけたと思われる刷り跡が認められる。部屋の中は差し支えるので紹介しない。

 

  
 
  
スライド11 
 
イノシシには2日間で3回遭遇した。あまり車を警戒しないようである。車を止めて、このイノシシが道端の雨水で湿った高濃度放射能汚染ヘドロを掘り繰り返して、ミミズなどを土と一緒に摂取している様子を初めて身近に数分間観察できたので、これではイノシシの筋肉や糞がいつまでも高濃度汚染しているのも納得! しかし今回はサルには遭遇しなかった。
       
柿、クリ、キウイ、アケビなどが熟していたが、落下したクリは全部きれいに食べられていた。サルのせいかもしれない。柿を食べて下痢をしたような水便が道路に認められた、イノシシかな?
     
  
スライド2  

  
イノシシはこのように道端の湿った部分が大好きで、そこの生き物を土と一緒に食べている。
  
  
 
スライド12 
  
双葉町の元の水田地帯には、見渡す限り現在2.5メートル高のセイタカアワダチソウがびっしりと繁茂している。ヤナギやチカラシバも群落としてみられる。
    
これらは除染される1年前の浪江町の水田の姿と同じである。

   
 
 
   
スライド13 
    
高濃度放射線地帯でなぜか竹が一斉に立ち枯れしている場所があった。竹は根でつながっているクローン植物なので、放射能が均一にいきわたって循環しているから、6年目の時点で致死線量に達して一斉に枯死したのかもしれない。まさに予期せぬ根絶やしか。
   
   
 

 
スライド14 
  
道路沿いには前田建設(除染業者か?)による放射線量の危険度の表示の旗が建てられている。
    
表示によると、青(1以下) 緑(1-2) 黄(2-5.5) 赤(毎時5.51マイクロシーベルト以上)
 
  
この赤い旗の標識がある場所は毎時10マイクロシーベルトであった。 
  

 
  
  
 
スライド15 
あらゆる道端の茂みにかなりの数の出産前のおなかの大きいのジョロウグモが繁殖していた。ジョロウグモは放射線に強いのかもしれない。 
     

 
  
 
  
スライド16 
異常な成育を示すもみの木の幼植物が多数見られた。ここの空間線量は毎時12.83マイクロシーベルトであった。もみの下の木の直下の土壌は毎時35マイクロシーベルト。 
     
この実生からの植物は4-5年令と思われる。横に伸びてはいるが、主茎の生長点がやられており、縦には伸び悩んで高さが35センチしかない。 
    
      
   
スライド7  
    
サトイモの奇形。葉の形がゆがんでいじけており、いくつかの若い葉の葉脈の間が白化している。
       
湿地に生えているので、周りの道路と山の斜面から流れ込んでくる放射能汚染水で、落ち葉などの有機物が放射能をため込んでおり、それをこのサトイモが根から吸収して、内部被ばくが大であるために、高い外部被ばくとあわせて放射線障害が起こっているものと推察される。

      
  
          
     
 
 
キイロスズメバチの巣jpeg 
 
農家の厩舎の堆肥場の屋根裏にキイロスズメバチの巣と思われるものを見つけた。ハチがその周りをぶんぶん回っているので、余り近寄れなかったので、これは遠くからの拡大写真である。2日間で民家の軒先に全部で数個見つけた。
      
ツバメの巣と同じく、過去の各年度の巣がたくさん回収できれば、なにか法則性が得られるかもしれない。今でもスズメバチ自体や巣自体は放射能汚染が高いものがある。スズメバチは肉食で食物連鎖の上位に位するからなのかもしれない。
         
原発事故年度前には、行政が「ハチに刺されないように」という警告の看板を各所に掲示板を出していて(それが今でも各所に残っており)、民家の軒先では蜂の巣を住民が撤去したり、破壊した巣跡が散見された。
      

ちなみにこの厩舎の放射線量は毎時16.55マイクロシーベルトと驚くべき高さであった。スズメバチは放射線に強いのかもしれない。  
  
            
  
スライド18  
 
道路わきの土壌のホットスポットを見つけた。土壌表層が毎時108.5マイクロシーベルト!  
  
       
    
 
スライド19 
上の写真の土壌の場所の1メートル高の空間線量は毎時23.6マイクロシーベルト!
      

これは小生らが今までが経験した2番目に高い放射線量値である。最高値は浪江町の小丸地区で100マイクロシーベルトの空間線量のホットスポットを経験している。双葉町でも林内に立ち入ってきちんと詳細に調査すれば、空間線量100マイクロシーベルト以上の地区があるかもしれない。
      
 
 

 
(森敏)
追記:このハチの巣は1850cpm以上あった。今でもこんなに想像を絶する高濃度とは!
 キイロスズメバチによる巣材は樹皮などによるので,この巣の付近の半径数十メートル範囲内の樹木の、まだ原発爆発当初からの高濃度放射能による外部被ばくのままでいる立木の樹皮を、キイロスズメバチがかみくだいて、唾液でかためて制作しているのかもしれない。(茨城キリスト教大学・桑原隆明博士 談)
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