2017-08-15 11:29 | カテゴリ:未分類

   

ガラケー携帯電話の着信音が鳴らなくなった。これでは仕事に差し支えるので、DoCoMoショップに行くと、「電池はあるが、音声を出す内部回路が壊れている」というご託宣だった。1か月前に、携帯用充電器と、どこかに無くした充電用電源をこのDoCoMoショップで購入したばかりだったのに。「もうこのガラケー型は在庫がない」という常套手段の業者の策略にはまって、仕方なく「ガラホ」というやつを買わされた。これでDoCoMoで買わされた携帯電話は4つ目である。「ガラホ」からはメールなどの機能を全部取っ払って電話だけにしてもらったつもりなのだが、購入してイロイロいじっていると、まだいっぱい機能がONにされていたのでそれらも全部OFFにした。待機電力浪費による電池の持ちが心配だったからである。
    
  ただし、歩数計が内蔵されていたのでこれだけはONにして「ガラホ」の画面に出しておいた。この「ガラホ」をジーパンのポケットに入れて時々覗くのだが、コンピューターに向かって座学ばかりやっていると一向に歩数が進まないことを改めて確認した。最近減量のためになにかと努力をしていたつもりだったのだが、いっこうに下腹の筋肉のタブタブがへっこまない。テレビの健康番組によるとコンピューターの合間に息抜きに食べる「甘いもの」が体重が落ちない諸悪の根源なのだ。

     

  体重が落ちないとどういうことになるかというと、必然的に腰痛の危険性が高まる。小生は若いときから腰痛の常習犯だったのだが、最近はとみに脊柱の椎間盤ばかりでなく、大たい骨の骨盤の付け根や、ひざのお皿のあたりに鬱屈感の自覚症状がある。時々杖を使うと歩行が楽になるのは困ったものだ。急速にあちこちの関節の老化が進んでいることを実感している。実は去る5月上旬に、奇形タンポポの現地調査を一人でしていて、カメラで撮影しようとして、斜めの姿勢になったとたんに、右脚の付け根がギクッとして、激痛でその場で倒れてしまった。偶然通りがかった車いすのおじいさんに携帯電話で救急車を呼んでもらって、病院に運ばれたのだった。

     

  8月の上旬はむちゃくちゃ東京が暑くなりそうだったので、某旅行社のクラブツーリズムをあらかじめ予約しておいた。それに参加して長野県の某所に1週間滞在した。ところが、この、周辺を2000メートル級の山に囲まれた場所は、滞在中はほとんど東京と同じ気温で、がっかりだった。長野県は軽井沢以外は夏でも気温が高いのだということをすっかり忘れていたのだ。それでも空気は何となくきれいだったので、毎日ホテルからバスで遠方に出るツアー企画には参加せずに、毎日ホテルの周辺を2-3時間散歩して減量に努めた。長時間のバスによる上下振動はとても腰痛には悪いのだ。

  散歩道の途中にあった登山用具の専門店で登山者用の伸縮自在の雪山用の杖を売っていたのでそれを衝動買いして、それを突いて歩いたら、なかなか快適だった。それでも山道をゆっくり3時間歩いて6000歩も歩数を稼げない。そこで、ホテルでは室内でテレビや時々コンピューターに向かいながら足踏みを繰り返して毎日13000歩までをこなした。昔、腰のベルトに着ける歩数計は感度が悪くて激しく歩かないと、ときどき歩数を数えてくれなかったのだが、この「ガラホ」の歩数計はなかなか感度がよろしいようで、ゆっくり歩いても歩数を数えてくれるのが気に入った。だから13000歩も歩いたといっても、昔の歩数計では10000歩ぐらいのものだろう。しかし、少しの振動でもサクサクと数えてくれるのは、努力のしがいがあるようでなかなか気分が良かった。

 

  滞在したホテルには塩水温泉があり、露天風呂もあったので、そこで毎日一時間以上入ったり出たりしながら過ごした。露天風呂はホテルのまわりの芝生や、水田のあぜ道の雑草を刈っていたようでその枯草のにおいが緩やかな冷気とともに流れ込んできてなかなか良かった。青葉アルコールの匂いだろう。心地よいかったるい気分で裸でベンチで眠りこけそうになった。湯上りに体重を測ると確実に減量していた。(7日間の滞在で1.5kg減量したことが分かった。)

 

  しかし、ホテルで階段を上がるときに何となく、普段よりも両足がだるいと感じた。その原因を考えてみた。よく言われるように、減量のために糖質摂取を減らす場合は、その分だけタンパク質を多く摂取しなければならない。そうしないと自分の筋肉たんぱく質が分解して、アミノ酸になりそれから「グルタミン酸やアラニンなどを通じてTCAサイクルを回してATPを生産する」という非能率なエネルギー生産代謝に切り替わるので「筋力が低下する」。

 

  だから、ホテルに滞在中は減量のためにパンやご飯や大好きなケーキなどの糖質を控えて、その一方で極力「肉」を多く摂取することを心掛けたのだった。ところが、このホテルはツアー代金が安いだけあってか、朝夕のバイキングに牛肉が一片も出なかったのには驚いた。山菜など野菜類の品ぞろえはとても豊富なのだが、肉といえば鶏肉か豚肉か一切れの魚肉である。いくら頑張っても一日平均で必要量といわれている80gのたんぱく質を摂れたかどうかも怪しいと思った。

 

  東京に帰ってきても、今のところ「ガラホ」の歩数計で一日13000歩をキープしている。歩数が足りないと就寝前に30分以上の足踏み動作を繰り返してしなくてはならない。普段から脊柱管狭窄で足裏がざらざらしているのが足踏みすると一層熱を持ってくるので不快である。体重は確実に減ってきたが、なかなか今の減量レベルを恒常的に維持するのはむつかしいものだと実感している。これは我が人生で数回目の減量への挑戦である。
  
(森敏)
付記:上記の旅行中にホテルのロビーで読んだ朝日新聞の文化欄に、経済アナリストの森永卓郎さん(独協大学教授)が 肉食考(3)として「知恵使えば 安くおいしく」という随筆を書いていた。

:::平日は仕事場に泊まり込んで自炊しているんですが、穀物をバンバン食べていた時代には,一週間(5日分)の食費が約1000円でした。今は、肉、魚、豆腐や葉物野菜を主に食べていますが、それでも1200円ぐらいですんでいる。工夫さえすれば、一日三食約250円で、肉は十分に食べられます。:::

 

そのあとに森永さんが実際に倹約した買い物の技法が縷々開示されております。 上記はちょっと信じがたい食費の額ですが、いつかテレビで見た最近の彼の裸体は筋力を落とさないでダイエットに成功しているように見えます。実践経済学者の面目躍如ですね。

 



2017-08-07 07:53 | カテゴリ:未分類
NHKスペシャルの放映予告です


初回放送

総合 2017年8月9日(水)
午後10時00分~10時49分

   

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170809
   

シリーズ東日本大震災
帰還した町で
~原発事故7年目の闘い~


原発事故により、およそ9万人が避難指示を受けた福島・原発周辺の町。国は除染を進め、段階的に避難指示を解除してきた。そして今春、4町村で一斉に避難指示が解除。帰還困難区域を除く、ほぼすべてで、帰還が可能になった。
帰還対象者が最も多い浪江町。戻った住民たちが直面したのは、町に住みついた野生動物だった。巨大なイノシシが群れを成し、家屋や田畑を荒らしていた。また、屋根裏で繁殖するアライグマは、人間にとって重篤な感染症をもたらす恐れが指摘されている。
さらに、今なお残る放射能汚染への不安。国による除染は屋外に限られ、室内は住民自らの責任に任されている。今回、専門家が調査したところ、室内に放射性物質が入り込んでいる事例が見つかった。大きな健康被害にはならないまでも、「不要な被ばくは避けるべき」と専門家は指摘する。
6月末の時点で、浪江町に帰還した住民は264人。帰還対象者の2%に留まっている。限られた人数に対し、取り戻すべき故郷はあまりに広大だ。苦闘する人々の4か月を追った。
 
  
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ということです。ぜひこの番組を見て、NHK科学文化部に対して鋭いご批判を浴びせてください。
   
森敏


2017-04-27 05:19 | カテゴリ:未分類

また一年がめぐりタンポポの開花シーズンが到来した。

 

JR郡山から二本松の浪江町出張所に向けて車を転がしていると、道端の風景はタンポポの最盛期であった。 一見して今年のタンポポはいつもの帯化奇形タンポポの生え方の様相を呈していたので、タンポポ群落がある場所で車を止めて、いつものように丁寧に観察した。やはり、簡単に帯化奇形が次々と見つかった。今回は図1と図2の二カ所の地点について紹介する。

 

今年も京都の名所数か所、奈良東大寺周辺、習志野、などいつもの観察地域では発症が確認されなかった。いまのところ、昨年と同じ場所で関東では阿見町で1株、上野谷中墓地で2株、帯化タンポポが見つかった。東船橋の公園で1株新しく見つかった。滋賀県大津の読者から3頭の帯化奇形タンポポの報告をいただいた。今年の調査はまだまだ現在進行形です。

 

  タンポポの帯化奇形については過去4年間、このWINEPブログの各所で紹介してきましたので詳細は省略します。「帯化タンポポ」のキーワードを右の検索欄に入れていただければ、ずらずらと出てまいります。

  毎年のように全国の読者からのタンポポの観察報告を切望しております。

 



スライド1 
 
図1.民家の空き地(除染済み)のタンポポ集団。
現場ではこの4倍の面積がタンポポ集団になっている。
以下の図2の奇形タンポポはこれらの集団から見いだされた一部である。



 


スライド1 
図2.図1の民家の空き地で見出された帯化奇形タンポポ
 
 
 


 
スライド8 

図3.官公庁舎庭(除染済み)のタンポポ集団。 総面積はこの10倍位ありその全面にタンポポが生えている。以下の図4はその中の帯化奇形タンポポの一部である。
 

 
 


 
スライド9 

図4.図3に生えていた、ありとあらゆるタイプの帯化奇形タンポポ。普通のタンポポの2-8倍の直径を有する。ひしゃげた太い茎の中は空洞である。 
 
 
 


 
(森敏)
2017-04-05 08:30 | カテゴリ:未分類
1.

以下のようにわれわれの放射線像がフランスのル・モンド紙に掲載されました。ル・モンドの電子版にはもっと詳しい画像が載っています。

 
rumonndo.jpg 



写真の説明文は:

日本人フォトグラファー加賀谷は2011年から福島第一原発から半径40キロ以内の飯舘村や浪江町を調査している。2011年3月11日に起きた大災害の後、このゾーンは政府の指示により完全に避難区域となっていた。東京大学の生物学者森敏とともに、オートラジオグラフィーと呼ばれる技術を発展させ、現地調査で集めた汚染された植物、動物、様々な日用品から環境中の”目に見えない”放射性物質を可視化している。オートラジオグラフィーは放射線を発する物質から、光学的なプロセスによってその放射線を白と黒で浮かび上がらせる映像技術である。



2.

また、加賀谷雅道カメラマンは現在イギリスでの ”FORMAT国際写真祭” に参加して「放射線像」の展示を行っています。

写真展は次のような日程になっております。
FORMAT international photo festival
www.formatfestival.com
24 March - 23 April 2017
Derby UK

igirisu.jpg 加賀谷氏の作品展示の様子
2017-03-20 08:02 | カテゴリ:未分類
3月11日と12日に浪江町に調査に入った。以下はその寸景である。



スライド2
 

図1.今はせせらぎが枯れている民家の池に建つビーナス像。 全身に放射能を浴びたまま。津島地区。
 


スライド4 

図2.民家のガラス戸にやるせない怒りと、東電(TEPCO)に対する皮肉の抗議の張り紙。文面を書き写すと以下の内容が読み取れた。津島地区。


今年は梅の花はまだ開花せず

「主なしとて

春を忘れるな」

平成二十四年四月一日  
      一時帰宅

 

 

お盆墓参り
 暮れてなほ

  命のかぎり

   蝉しぐれ

平成二十四年八月十四日

   一時帰宅

TEPCO(東電)のどくろマークの幽霊の絵)

 

 

I Shall Return !!

老兵は死なず。
いつの日か必ず
この地に帰る。
放射能如きに
負けてたまるか。

 平成25年3,3 一時帰宅

 
 

 

今日も暮れゆく

 仮設の村で
友もつらかろ

せつなかろ
いつか帰る日を想い

   一時帰宅

  平成二十五年五月

 

 

二本松八時出発

ここはお国の何十里

離れて遠き二本松

開戦記念 平成二十五年十二月八日 
  一時帰宅

まもなく三年

来年は良い年であるように

 

 

内部被ばくの「ヘビ」

法により食する事を禁ず

     環境(庁)省

(この窓ガラスの内側下に3匹の蛇のおもちゃを設置)

 

 

放射能体験ツアー

大募集中!!

楽しいホットスポット巡り
     東電セシウム観光

 

 

まもなく3

大雪里帰して

帰りたい残念

泣くな嘆くな

男じゃないか 
  平成二十六年三月九日

同行甲田新聞

谷記者隈崎カメラマン

 

 

津島の山も今日かぎり 
国をすて家も
すて、
愛しき皆々様とも

別ればなれとなる

門出だ

 平成二十八年十一日(五年)

 津島の事は次世代べ

 

 

仮設でパソコンできるのも

東電さんの

おかげです

仮設で涙流すのも 
東電さんのおかげです

東電さんありがとう

十二月十二日


     
 
スライド1  

図3.雪解けの春。いのししの足跡。 
   
 
スライド9 

図4.6年間で一面に繁茂した牧草地の「おのえやなぎ」の冬枯れのすがた。除染企画書どおりに、道路肩から20メートルだけ切り倒した跡 
    

   

スライド7 

図5.イノシシが跋扈して掘り繰り返した厩舎横の牧草地  
    
 
 
スライド2 

図6.放置された厩舎。 右上の添付のかこい写真は温度計。正常に室温7度を示していた。


   
スライド8 

図7.なぜかマツの木のみが倒れて散乱している。放射能の空間線量は毎時9.5マイクロシーベルト。
放射能雲(プルーム)はこの山にもろにぶつかったと思われる(小丸地区)

    

 
 
スライド3

図8.静謐な濃紺の水をたたえた大柿ダムの湖面。道路橋から望む。向こうの湖畔中央部に白馬がいれば、まさに東山魁夷の日本画の世界。手前の湖底は沈下橋。湖岸は毎時2.7~5マイクロシーベルト。 
  

 
スライド10 
 
図9.道路の暖かい南斜面に、早くも咲き始めたフキノトウ。春はすぐそこだが。。。。。地表面は毎時8マイクロシーベルト。
  
  
  
    
(森敏)
 
追記:読者から図7について、なぜマツがやられているのかについて、
  
「放射性物質が大木を枯らすというのは大変なことだと思います。どのようなメカニズムが考えられるでしょうか。」
というご質問をいただきました。
   
この点に関しては、ずっと小生も疑問を抱いてきたところです。これまでも以下のブログでいくつかの現象的な事例を枚挙してきました。
   
日本のガンマフィールドの研究者からマツは、ほかの木本よりも細胞の核が大きいので染色体が放射線によるダメージをうける確率が高いという説が有力なようです。
    
放射線影響を否定したがる研究者からは、マツノザイセンチュウの影響だろうという反論がいつも直ちに出されます。
放射線で細胞が弱体化して環境ストレスに対して抵抗力が低下しており、マツノザイセンチュウにやられやすくなっており、このセンチュウの寄生によって、導管がふさがれて、水分の吸い上げができなくなり頂点から枯れていく、最後に倒木する、という流れも否定できません。しかし林業研究者で放射線量が高い場所で、松の倒木が集団で起こっているところのマツのセンチュウやその媒介昆虫の生息数を数えるような、奇特な研究者はいないようです。
    
なお、倒木前のマツは概して多くの松かさをつけるようです。擬人的に考えれば、枯死する前に急いで子孫を残そうとしている適応現象なのかもしれません。
  



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