2017-12-23 06:34 | カテゴリ:未分類
 
   以下に示すのは、現在双葉町の、住民が避難して耕作放棄している水田に繁茂するセイタカアワダチソウの群落から、ためしに頭のほうから40センチばかりを切り取ったものである(図1)。
 
  実験室に持ち帰って、ガイガーカウンターで表面を軽くサーベイしても、毎分443カウントという異常に高い値であった。
         
  水田土壌の表面の土をえぐり取る除染をしないと、原発事故6年半たっても強度に内部汚染が続いているということである(図2、図3、表1)。
 
  この放射線像には一切外部被ばくが認められないので、全身の放射能はすべて根から吸収されて移行して来たものである。
  
  葉ばかりでなく花器も激しく内部被ばく汚染していることがわかる。
    
   


       

 
スライド1 
 
 図1.原発事故6年半後のセイタカアワダチソウ (双葉町)


 

 
スライド2 
 図2.図1のオートラジオグラフ
 
   

 
 
スライド3 


図3.図2のネガテイブ画像
 
   

   
 
 表1.セイタカアワダチソウの放射能
 
セイタカアワダチソウの放射能jpeg 
 
 
 
(森敏)
追記: 双葉町の除染が始まった。
   

復興拠点の整備へ、除染を開始 全町避難続く福島・双葉町

20171225 1202

 

 環境省は25日、東京電力福島第1原発事故で立ち入りが制限されている福島県双葉町の帰還困難区域で、住民が再び住めるようにする「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)の整備に向け、除染と建物解体の工事を始めた。

 政府が認定した復興拠点の整備計画に基づく初の除染作業となる。県内7市町村に残る帰還困難区域の復興への第一歩だが、住民の帰還目標は「2022年春ごろまで」とまだ遠い。

 今回の工事は来年7月までの予定で、JR双葉駅周辺の約7ヘクタールで表土のはぎ取りや草刈りなどの除染と、約55軒の住宅や公共施設を解体。今後、範囲を徐々に広げる。

(共同)

2017-12-14 17:52 | カテゴリ:未分類

陽捷之(みなみかつゆき)氏(元農水省環境研所長、現農業環境健康研究所)の

万葉集に詠われた土壌―「あおによし」「はに]「にふ」-

という解説文が、近刊の日本土壌肥料学雑誌88巻第6号p568-573に

掲載されている。なかなか蘊蓄(うんちく)で固めた名文だと思う。

 

      そのなかに、

:::::埴(はに)は、質の緻密な黄赤色の粘土をいう。黄土(はに)・埴生(はにふ)は埴のある土地をいう。真埴(まはに)は、埴の美称である。赤黄色の粘土で瓦や陶器を作り、また、衣に摺りつけて模様を表した(日本国語大辞典、2006)

:::::

鉄分を多量に含む黄褐色の土は、おおむね粘土層の上に滞留する。土中の鉄分が雨水と共に下降し、密度の高い粘土層に到達すると一定の幅で黄褐色の帯状の層ができる。黄土をやいて土器をつくるため、また染色に用いるための粘土層がそこにはある。この黄土は、鉄分を含むから焼けば赤くなる、黄土が「きはに」ではなく『はにふ』と呼ばれる所以であろう。

:::

 

という文章を見つけた。なるほどなるほど。ここまでは、小生も専門である「土壌と鉄」に関する記述である。

           

      ここまでを読みながら、はにゅうと発音するこの言葉の連想から、旧い小学唱歌で有名な「埴生(はにゅう)の宿」というイギリス民謡の翻訳の語源を知りたくなった。

          

    埴生の宿もわが宿

    玉のよそひ うらやまじ

    のどかなりや 春のそら

    花はあるじ 鳥は友

    ああわがやどよ

    たのしとも たのもしや

              

     中学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」(竹山道雄・作)でもジャングルでの日英兵士の「埴生の宿」の合唱でストーリーが終わっていた。英国人はこの歌が大好きだと書かれていたと思う。小生もこれまでこの歌を、口ずさんだり、ハーモニカで吹いたりしていたのだが、その意味をきちんと考えたことがなかった。

                

      ネットで検索すると

―――――

『日本童謡事典』の「埴生の宿」p323-32の解説によれば,
「みずからの生まれ育った花・鳥・虫に恵まれた家を懐かしみ讃える歌」「埴生の宿」とは,床も畳もなく「埴」(土=粘土)を剥き出しのままの家のこと,そんな造りであっても,生い立ちの家は,「玉の装い(よそおい)」を凝らし「瑠璃の床」を持った殿堂よりずっと「楽し」く,また「頼もし」いという内容。
   
『日本の唱歌 上 明治篇』のp84-85によれば,
「イギリスのビショップ(Henry Bishop,1786-1855)の「楽しきわが家」(Home,Sweet Home)に,里見義が作詩したもの。原詩に忠実で,「訳詩」というべきかもしれない。」「「埴生の宿」とは,元来「貧しい粗末な家」という意味である
古語では,「たのし」にも「たのもし」にも「富んでいる」という意味がある。里見はこのことを知っていて,「心は富めり」という心境を表すためにこの単語を使ったのであろうか。
   
『新明解国語辞典』のp1209に、「埴生」「粘土性の土」の意の雅語的表現。「の宿〔=土で塗った,みすぼらしい家〕」
   
『世界の愛唱歌:ハンドブック』の「埴生の宿」:p228-229によれば、
「土間にじかに筵(むしろ)を敷いて寝る粘土で作った家が埴生の宿」「それほど貧しい家であっても,我が家が一番楽しくていいものよ,」「玉の装い(よそおい)=宝石を散りばめたような素晴らしいところ,羨まじ=うらやましくない,瑠璃の床=宝石を散りばめた床
 

   

 と、ほぼ完ぺきな説明があった。まとめると
「埴生の宿」とは
「埴」(土=粘土)でかためた剥き出しの壁のままの粗末な家のこと 
となる。
        
          
スライド2  
(図1)双葉町でみた典型的な埴生の壁土の作業小屋。  東日本大地震で壁が崩落している。いまだに空間放射線量が 毎時10.4マイクロシーベルト。
     
スライド1

(図2)東日本大地震で傾いた後、ドロボーや野獣で狼藉された壁土が埴生の民家の作業小屋。いまだに空間放射線が 毎時9.8マイクロシーベルト。  
    
 
スライド3 
(図3) 埴生の土蔵 東日本大地震で漆喰が剥落して、2種類の色の埴生の壁土が露出している。いまだに空間放射線量が 毎時9.5マイクロシーベルト。
      
           

最近福島県双葉町に入っていろいろと放射能汚染調査をしているが、その民家の外観や内部の荒れ方(荒らされ方?)は尋常ではない。民家の外観の崩壊は大地震によるものであるが、母屋や(ここではプライバシーの関係で示していないが)土蔵(図3)や作業小屋(図1)の内部は地震の揺れのせいばかりではなく、イノシシやサルやハクビシンやタヌキや、明らかに人間による荒らされた形跡もある(図2)。現在の空間線量10マイクロシーベルト以上の民家でも、定期的に避難先から帰ってきて、室内や室外を掃除されている家屋も稀ではあるが、見ることができる。心が痛む。住めないことがわかっていても、避難している住民にとっては “故郷忘じ難く候”なのであろう。        

                  

この「埴生の宿」で出てくるような家は建物が近代化した双葉町では今ではまれであるが、3.11の大震災で崩壊した土蔵の外壁の白い漆喰がはがれて、まさに埴生が露出しているところが何軒かあった(図3)。そこから、たぶん明治政府による、この先々代の地主と思われる土地の検地証文が、野獣の狼藉により多数飛び出て散乱していた。

  

     

(森敏)

付記:この「埴生の宿」のメロデイーを久しぶりに聴きたくなって u-tube で検索したら、演奏はたくさんあったが、中でもソプラノ歌手の森麻季さんの感動的な歌唱力の映像が出てきた。圧巻である。聴いていて懐かしさで涙が出てきた。しかし福島の避難されている方々は、きっと「悔し涙」でこれを聴くことだろう。
 

https://www.youtube.com/watch?v=erCiwys8uNo

2017-10-16 22:38 | カテゴリ:未分類
  双葉町には、これまで「官公庁の放射能関連の研究費をもらっている研究者しか入れてもらえない」、とうわさに聞いていたので、小生らは、この町に入ることを遠慮していた。小生らはそういうお金をこれまで一切もらえていないので。

  しかし福島第一原発から半径10キロメートル以内の「双葉町」は地理的にはそれより外側の浪江町の高放射能汚染地域の「小丸地区」に隣接しているので、双葉町も強烈な汚染地域がまだあ るはずである。そういう地域の動植物の生態系の変遷を、本当は原発暴発事故初期から継続的に放射線による環境影響調査をしておかないと、この地域のデータが後世にブラックボックスになることをずっと危惧していた。そこで今回すでに原発事故から6年経過しているのだが、思い切って、立ち入りを役場に申請したら、許可が下りた。
    
  今回時間の許す限り、われわれ自身がこれまでの調査のなかでも最高に高い被曝をしながらも、詳細に調査してきた。のだが、住民の個人情報になるので、細かい写真がここで開示できないのが残念である。 
      
  原発事故の影響は気が遠くなるほどだ。放射能汚染生物の放射能を実測すると、現在すでに放射線量としてはCs-134Cs-1371割程度に減少しているので、放射能の主成分はCs-137である。Cs-137の半減期は30年であるから。現在のこの双葉町の高い総放射線量は、これまでのように急速に減少することはないと考えられる。このままでは、今生きている避難住民が、生きているうちに帰還して住めるようになるのはちょっと絶望的だ。
   
  2011年3月をあらためて思い出そうではないか。
   
 
  
   *18日に、いくつかの写真を追加しました。

 
 
    
スライド1 
 
立ち入り禁止区域にやっと入れた。防護服の警備員から「どうぞお入りください」の合図。
  
  

スライド2 
  
JR双葉駅。JR常磐線はまだここまでは開通していない。駅前広場などは除染されていた。

   
   
 
 
スライド6 
  
レールの敷設のためのコンクリート製の枕木がずらーっと、プラットホームに並べられていた。高放射線量なので、JRの下請け業者が作業員を集められないのだとか。
 
   
  

 
スライド3 
 
駅前商店街は完全なゴーストタウン。一階が地震で破損しているところが多いので、住むつもりなら、高濃度放射能汚染と地震とのダブルパンチなので、軒並み建て替えが必要なことは言うまでもない。 

 
 
 
スライド4  
 
典型的な一例。目の錯覚かと思わせる震災で一階が傾いたままの本屋さん 

  

 
 
スライド5 
つぶれた家屋の門になぜか「福助足袋」の石像
   
  
  
スライド7 
   
ゆきわりそう:忍耐 の町の紋章のマンホールのふた。原発事故で避難させられて忍耐を強いられている双葉住民にとっては強烈な皮肉。
  
   
スライド6 

幹線道路を時たま通るのは、おそらく原発付近の中間貯蔵施設に向かっている放射能汚染廃棄物が入った1立(リューベ)のフレコンバックを積んだトラックのみ。
  

  
  
スライド8
 
   
「福島県双葉高等学校」の校庭。 雑草が立ち枯れしている。線量計は毎時0.279マイクロシーベルトという低い値を示していたので。一度は除染したものと思われる。

    
 
 スライド1
   
真に驚いたことに、福島県双葉高等学校の敷地内には、双葉町による原子力災害集合場所として「ひなんばしょ」の標識が建てられていた。原発建設時から、町民は原子炉災害を覚悟していたのだろうか? 原発暴発当時、町民がここに実際に避難したのだろうか?

    
  
  
   
スライド5 

上記と同じく、さる道端の小さなプレハブ集会所には、原子力災害時の「ひなんばしょ」なる標識が張られていた。原発暴発当時、町民がここに実際に避難したのだろうか?
   
こういうパネルは福島第一原発から10キロ圏外では見かけた記憶がない。
   
   
 
   
 
スライド9 
   
村社八幡神社。これも目の錯覚かとおもわせる、傾いて今にも崩れそうな本殿。ふしぎなことに屋根瓦は一枚も損傷していない。
   
ここでは紹介しないが、室内に神具と思われる「小太鼓」が安置されているが、床は生活用品やガラスの破片が飛び散って荒れ放題である。右の開いたドアから入った野生動物による足跡がいっぱいで、彼らによる狼藉と思われる。
  
  
スライド4  
   
上記神社の、向かって手前の左右2体の石像はサルなのか狛犬なのか顔面にびっしりと苔が生えていて、正体が不明。この右の像の苔は原発事故当時相当な高線量被ばくをしたと思う。まだその放射能は残っているはずである。数百万ベクレル/kg乾物重 はあるのではないだろうか? 
     
小生にはこの像が広島の原爆被害者の全身被ばくケロイドに見えた。
現在の空間線量は毎時5.9マイクロシーベルト。 


 
   
  
 
スライド10 
  
民家のガラス戸。左のガラス戸の下部が割れている。ここからネズミ、ハクビシン、イノシシなどの野生動物が入ったためだろうか、室内は見るも無残な荒れ具合である。
     
全ガラス戸の下部にはイノシシが鼻をくっつけたと思われる刷り跡が認められる。部屋の中は差し支えるので紹介しない。

 

  
 
  
スライド11 
 
イノシシには2日間で3回遭遇した。あまり車を警戒しないようである。車を止めて、このイノシシが道端の雨水で湿った高濃度放射能汚染ヘドロを掘り繰り返して、ミミズなどを土と一緒に摂取している様子を初めて身近に数分間観察できたので、これではイノシシの筋肉や糞がいつまでも高濃度汚染しているのも納得! しかし今回はサルには遭遇しなかった。
       
柿、クリ、キウイ、アケビなどが熟していたが、落下したクリは全部きれいに食べられていた。サルのせいかもしれない。柿を食べて下痢をしたような水便が道路に認められた、イノシシかな?
     
  
スライド2  

  
イノシシはこのように道端の湿った部分が大好きで、そこの生き物を土と一緒に食べている。
  
  
 
スライド12 
  
双葉町の元の水田地帯には、見渡す限り現在2.5メートル高のセイタカアワダチソウがびっしりと繁茂している。ヤナギやチカラシバも群落としてみられる。
    
これらは除染される1年前の浪江町の水田の姿と同じである。

   
 
 
   
スライド13 
    
高濃度放射線地帯でなぜか竹が一斉に立ち枯れしている場所があった。竹は根でつながっているクローン植物なので、放射能が均一にいきわたって循環しているから、6年目の時点で致死線量に達して一斉に枯死したのかもしれない。まさに予期せぬ根絶やしか。
   
   
 

 
スライド14 
  
道路沿いには前田建設(除染業者か?)による放射線量の危険度の表示の旗が建てられている。
    
表示によると、青(1以下) 緑(1-2) 黄(2-5.5) 赤(毎時5.51マイクロシーベルト以上)
 
  
この赤い旗の標識がある場所は毎時10マイクロシーベルトであった。 
  

 
  
  
 
スライド15 
あらゆる道端の茂みにかなりの数の出産前のおなかの大きいのジョロウグモが繁殖していた。ジョロウグモは放射線に強いのかもしれない。 
     

 
  
 
  
スライド16 
異常な成育を示すもみの木の幼植物が多数見られた。ここの空間線量は毎時12.83マイクロシーベルトであった。もみの下の木の直下の土壌は毎時35マイクロシーベルト。 
     
この実生からの植物は4-5年令と思われる。横に伸びてはいるが、主茎の生長点がやられており、縦には伸び悩んで高さが35センチしかない。 
    
      
   
スライド7  
    
サトイモの奇形。葉の形がゆがんでいじけており、いくつかの若い葉の葉脈の間が白化している。
       
湿地に生えているので、周りの道路と山の斜面から流れ込んでくる放射能汚染水で、落ち葉などの有機物が放射能をため込んでおり、それをこのサトイモが根から吸収して、内部被ばくが大であるために、高い外部被ばくとあわせて放射線障害が起こっているものと推察される。

      
  
          
     
 
 
キイロスズメバチの巣jpeg 
 
農家の厩舎の堆肥場の屋根裏にキイロスズメバチの巣と思われるものを見つけた。ハチがその周りをぶんぶん回っているので、余り近寄れなかったので、これは遠くからの拡大写真である。2日間で民家の軒先に全部で数個見つけた。
      
ツバメの巣と同じく、過去の各年度の巣がたくさん回収できれば、なにか法則性が得られるかもしれない。今でもスズメバチ自体や巣自体は放射能汚染が高いものがある。スズメバチは肉食で食物連鎖の上位に位するからなのかもしれない。
         
原発事故年度前には、行政が「ハチに刺されないように」という警告の看板を各所に掲示板を出していて(それが今でも各所に残っており)、民家の軒先では蜂の巣を住民が撤去したり、破壊した巣跡が散見された。
      

ちなみにこの厩舎の放射線量は毎時16.55マイクロシーベルトと驚くべき高さであった。スズメバチは放射線に強いのかもしれない。  
  
            
  
スライド18  
 
道路わきの土壌のホットスポットを見つけた。土壌表層が毎時108.5マイクロシーベルト!  
  
       
    
 
スライド19 
上の写真の土壌の場所の1メートル高の空間線量は毎時23.6マイクロシーベルト!
      

これは小生らが今までが経験した2番目に高い放射線量値である。最高値は浪江町の小丸地区で100マイクロシーベルトの空間線量のホットスポットを経験している。双葉町でも林内に立ち入ってきちんと詳細に調査すれば、空間線量100マイクロシーベルト以上の地区があるかもしれない。
      
 
 

 
(森敏)
追記:このハチの巣は1850cpm以上あった。今でもこんなに想像を絶する高濃度とは!
 キイロスズメバチによる巣材は樹皮などによるので,この巣の付近の半径数十メートル範囲内の樹木の、まだ原発爆発当初からの高濃度放射能による外部被ばくのままでいる立木の樹皮を、キイロスズメバチがかみくだいて、唾液でかためて制作しているのかもしれない。(茨城キリスト教大学・桑原隆明博士 談)
2017-06-19 08:41 | カテゴリ:未分類
  先日漫然とテレビを見ていたら 「震災の歌に刻む六年」(NHK Eテレ)という番組があり、ここで選ばれた番組最後の歌に以下のものが紹介された。少し感動したので素早くメモした。それを作者に無断で紹介させていただくと、
  

  
       

安全の

証(あかし)などなし

原発の

世を生きゆかむ

孫らを思ふ

      杉本慧美子


(震災の歌に刻む六年:NHK Eテレ 2017。6。15 より)


というものであった。

      
以下はこの詠歌に関連した最新の科学論文の紹介です。
  
               
  実はちょうどこの日に Scientific report に掲載された以下の、胎児の成長に関する論文を読んだばかりであった。

   
   
(そこで、これから先は少し論文調になりますが、少し詳しくこの論文を紹介します。我慢して読んでください。)
   
この英文表題は

                     
Small head size and delayed body weight growth in wild Japanese monkey fetuses after the Fukushima Daiichi nuclear disaster
Scientific Reports 7, Article number: 3528 (2017)

doi:10.1038/s41598-017-03866-8
https://www.nature.com/articles/s41598-017-03866-8

         
  そこでこの英文表題を直訳すると、

「福島第一原発事故後の野生のニホンザルの胎児の小頭と鈍化した体重」
     

という衝撃的なものです。その論文の「要旨」(付記参照)を小生が勝手に日本語に直訳すると、以下のような内容です。
            
   
要旨     
「東電福島第一原発事故の影響を評価するために、原発から約80km離れた福島市に生息する野生のニホンザル(Macaca fuscata)について、2011年の事故の前後である2008年から2016年までに捕獲した母ザルの体内の胎児について、その外形的計測を行い、相対的な成長の違いについて調べた。事故前の31頭と事故後の31頭のニホンザルの胎児について体重や、頭のサイズ(前頭から後頭への直径と二頭頂骨の直径)の
     頭頂から臀部までの長さに対する比 を調べたところ、体重と、それに対応した頭のサイズは事故後の胎児では事故前に比べて、有意に低下していた。胎児の母親の栄養学的な指標に関しては事故前後で有意な差がなかった。したがって、放射線被ばくが、観測された胎児の成長遅延の一因子でありうると考えられた。」
                           
  
参考のためにこの論文に添えられた図表の一部を勝手に解釈して分かりやすく(したつもりで)紹介すると以下のようです。
                   


表1.母ザルが生息する地域の5年間にわたる累積空間放射線量(一番右の赤字データ)
羽山論文図2 jpeg 

      

                

 表2 2011年の事故後に各年に 捕獲した妊娠母ザルの筋肉の放射性セシウム量

羽山論文図jpeg-2   
    
   
    

    

 

スライド2 
  
    

図1.横軸のCRLとは頭頂から臀部までの長さ(CRL:crown-rump length = the length of the fetus from the top of  fetus head to bottom to torso)の事です。縦軸は頭のサイズ(面積)です。赤丸が東電福島第一原発事故後の胎児、青三角が事故前の胎児。全体として赤丸が下方にシフトしていることがわかります。

   

    

 
   
 

    

スライド1 
   
    

図2.図1と同じく、横軸のCRLとは頭頂から臀部までの長さ(CRL:crown-rump length=the length of the fetus from the top of  fetus head to bottom to torso)の事です。縦軸は体重です。赤丸が東電福島第一原発事故後の胎児、青三角が事故前の胎児。全体として赤丸が下方にシフトしていることがわかります。

   
       
       
     

  結論としてこの論文では、体重/CRL(図2)や頭頂面積/CRL(図1)が、胎児の体内での成長速度の指標になるという獣医学上の定義(常識)を前提として、東電福島第一原発の事故後に、母親の胎内の胎児の成長が鈍化していることを述べています。放射線障害に関しては、成人や小児の白血病などの癌や、新生児の奇形など、遺伝子変異による影響に注目するばかりではなく、母体内で胎児がどういう成長を遂げているか、などのここで述べられている視点は非常に重要です。
             
  現在、福島県の各市町村では年間の積算被ばく線量の上限が20ミリシーベルトという途方もなく高い基準を設けて、避難区域を解除しました。そんなところに、これから子供を産もうとする夫婦も帰還するべきだろうか? この論文でニホンザルが野生環境の中で先行して示している ”母体内での胎児生長の鈍化 という危険なシグナルに、人間は謙虚に学ぶべきでしょう。医学生理学的には帰還してあえて人体実験に加わる必要などは全くないと思います。

  
   
    
       
(森敏)

付記:念のため abstract の原文は以下のとおりです。

To evaluate the biological effect of the Fukushima Daiichi nuclear disaster, relative differences in the growth of wild Japanese monkeys (Macaca fuscata) were measured before and after the disaster of 2011 in Fukushima City, which is approximately 70 km from the nuclear power plant, by performing external measurements on fetuses collected from 2008 to 2016. Comparing the relative growth of 31 fetuses conceived prior to the disaster and 31 fetuses conceived after the disaster in terms of body weight and head size (product of the occipital frontal diameter and biparietal diameter) to crown-rump length ratio revealed that body weight growth rate and proportional head size were significantly lower in fetuses conceived after the disaster. No significant difference was observed in nutritional indicators for the fetuses’ mothers. Accordingly, radiation exposure could be one factor contributed to the observed growth delay in this study.
 
追記1:
偶然だが眠れないので昨日と今日早朝5時ごろボケた頭でテレビを見ていたら

  一斉解除の町で~原発事故6年後の帰還~

というタイトルでNHKが2日にわたって再放映していた。避難所から帰還した御夫婦の奥さんが、自宅の庭や小学校の校庭に花を植えたり、近くの土手から草を摘んだり、していた。一応軍手はしていたが。テレビではそこの空間線量や地面の放射線量がどれくらいなのかという一番重要な情報を一切開示しなかった。NHKの取材班が放射能に鈍感なはずがない(鈍感なら取材する資格がないだろう)。意図的だと思わざるを得ない。NHKはいったい誰に向けて忖度してるんだろうと、見ていて怒りが込み上げてきた。
 
 一方、現地帰還をあきらめた他の御夫婦は無残にも放射能汚染した自宅を解体して更地にしていた。そこに住んでいた記念にと自宅の「郵便受け」だけを持ち帰った。私見ではこの郵便箱は野外にあったのでかなり放射能汚染しているはずである。 (2017年 6月27日。9時50分 記)
 
追記2:
この論文の筆頭著者である羽山伸一教授によれば、2011年の福島第一原発事故の放射能被でばくした母親ニホンザルが、身ごもって、翌年2012年に生まれたニホンザルのメス(雌)が、生長して妊娠可能になるのは、今年(2017年)からであるので、来年2018年から生まれてくる子ザルは被爆第3世代間ということになる。なので引き続き今年間引きのために福島市内で捕獲される母ザルの胎児を継続して観察する必要があるということです。 

 ほんとうは福島市内よりももっと激甚な10倍以上の放射能汚染地帯を縄張りにして生息するサルの群れを組織的に追究して観察することが重要なことは言うまでもありません。(2017年6月28日 午後5時 記)



2017-04-05 08:30 | カテゴリ:未分類
1.

以下のようにわれわれの放射線像がフランスのル・モンド紙に掲載されました。ル・モンドの電子版にはもっと詳しい画像が載っています。

 
rumonndo.jpg 



写真の説明文は:

日本人フォトグラファー加賀谷は2011年から福島第一原発から半径40キロ以内の飯舘村や浪江町を調査している。2011年3月11日に起きた大災害の後、このゾーンは政府の指示により完全に避難区域となっていた。東京大学の生物学者森敏とともに、オートラジオグラフィーと呼ばれる技術を発展させ、現地調査で集めた汚染された植物、動物、様々な日用品から環境中の”目に見えない”放射性物質を可視化している。オートラジオグラフィーは放射線を発する物質から、光学的なプロセスによってその放射線を白と黒で浮かび上がらせる映像技術である。



2.

また、加賀谷雅道カメラマンは現在イギリスでの ”FORMAT国際写真祭” に参加して「放射線像」の展示を行っています。

写真展は次のような日程になっております。
FORMAT international photo festival
www.formatfestival.com
24 March - 23 April 2017
Derby UK

igirisu.jpg 加賀谷氏の作品展示の様子
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