WINEPブログ

図1。弁当箱に回収された放射能汚染の森林土壌の断面図。一番上の黒い部分が落ち葉などの有機物層。

図2.図1のオートラジオグラフ。
先日のNHKスペシャルBS1「被曝の森」では小生も多少取材に協力した。当日放映はされなかったのだが、いくつか協力をした中でも、放射能濃厚汚染現地での土壌断面の放射能分布の映像化はわれわれとしてもとくべつに力を注いだものであった。すでに論文では発表していたのだが。
これまでも土壌断面の放射能分布は数値としてはあちこちで発表されていたのだが、オートラジオグラフとして可視化したものは、我々の論文(付記1)と書物(付記2)が世界でも最初であった。これをもう一度現場で作業する姿を撮りたいというので、我々はいろいろ準備をした。一日前に浪江町で適当な山林内を物色して、穴を掘る場所を定めて、試験的に穴掘りをした。最終的に土壌断面が平面として、切り出されなければきれいなオートラジオグラフにはならないので、実はそのための各種資材の調達や作業手順の苦労が大変であった。
NHKのクルーが試作品の「γ(ガンマ)ーカメラ」を携えて、浪江町ゲート入り口で合流した。現場に到着すると、早速われわれは穴掘りに取りかかった。その作業の様相をテレビカメラが撮影した。平滑な土壌断面(soil profile)が現れたところを γーカメラ で撮影し、それをテレビカメラが撮影していた。オートラジオグラフにするには片側断面が平滑な土塊を弁当箱にきっちりと回収する必要があったので、我々は再度付近の別の土壌を慎重に掘り土壌サンプルを回収した。しかしこの場所ではγーカメラではあまりシャープな映像が得られなかったようで、NHKクのルーはご不満のようで、今度は全く場所を変えて、少し明るい林床の傾斜地を鉛直に切りくずして、その断面を γーカメラで撮影すると、土壌表層数センチ付近が強く染まり、NHKのクルーもご満足の様子であった。
一方、弁当箱に回収した土壌サンプル(図1)は、大学に持ち帰って、次の操作に移る必要があった。「弁当箱の上にIPプレートを乗せて感光させる」というと原理は簡単だが、作業は意外と複雑だ。土壌が少し水を含んでいるので、この水がIPプレートにふれると水の妨害により感光映像が台無しになる。そこで土壌表面とIPプレートの間に厚めのサランラップを敷き、その上にIPープレートをぴったりと乗せる必要がある。ぴったりとするためには、IPープレートの側を下にして、弁当箱を上にして土壌の重みでぴったりさせる必要がある。そのように弁当箱とIPプレートをセットでよいしょと周辺を汚染させないように天地を逆転させる。そのあと全体を暗幕で遮光した特製の容器の中に、滑り込ませ、装置全体をきっちりと水平に静置する。この一連の操作は運動神経の俊敏な加賀谷雅道カメラマンが行った。暗幕の遮光装置自身も彼の作成したモノである。その一連の操作をテレビカメラが納めた。そのまま1週間ばかり放置した後BASで現像する。その結果の映像が上記の図2である。
一見して一番上の有機物層とその下の腐植層に放射性セシウムが局在していることがわかる。
図3。森林土壌の地表面から土壌深部への放射性セシウム(Cs-134 + Cs-137)含量の分布
図2をさらに定量化したものが上の図3である。図3は図1の弁当箱の中の土壌をを上からスパーテルで水平に3.5ミリ間隔でていねいに削り取ったものを、プラスチックの NaIスペクトロメーター用容器に入れて、放射能を測定したものである。土壌表層から30ミリ(つまり3センチ)以内に土壌に降り積もった放射能の95%以上が含まれていることがわかる。このように降りそそいだセシウムは事故発生時以来5年たっても土壌の縦方向にはあまり動いていない。このような表はすでに内外の数報の学術雑誌で報告されていることである。
このように我々がいささか苦労して協力した映像化のための努力は、NHKスペシャルでも、その後の再放送のBS1スペシャルでも放映されなかった。紹介したい役者(研究者)達が多くて、1時間という放映時間内では盛り込めなかったのだろうと好意的に解釈している。しかし、得られたデータを世の中に発信しておかないと、我々は何もしなかったことになるので、今でもこれは有用な国民が共有すべき情報であると考え、ここに報告しておく次第です。
(森敏)
付記1:Hiromi Nakanishi et al. Proc. Jpn. Acad. SerB (2015) 91:160-174
付記2:「放射線像 放射能を可視化する』(皓星社) 森敏/加賀谷雅道著
付記3:図3の土壌の放射能測定は 東大農学部RI施設の広瀬農助教によるものです。