2016-04-10 21:26 | カテゴリ:未分類

業平(なりひら)橋は兵庫県芦屋市の芦屋川に架かる国道2号線の橋の名前である。この橋の名前の由来から小生が小さい時から在原業平(ありはらのなりひら)は1200年前には現在の芦屋市に住んでいたと教えられてきた。精道中学校で国語の佐藤先生からは

   

世の中にたえて桜のなかりせば
   

        春の心はのどけからまし
       

   (在原業平 古今和歌集)

    

という歌を学んだ。この大意は「この世の中に、桜というものがなかったならば、春をのどかな気持ちで過ごせるであろうに」ということのようであった。

         

  この業平橋から上流の芦屋川には現在、両岸に桜の木が植えられていて、桜が満開の4月2日にはその川岸には多くの人たちが浮かれ出ており、左岸の道沿いには屋台が並んで「桜祭り」で人があふれかえっていた。

   

  右岸では耳を裂く大音量でのギター演奏がなされており、それを左岸の人たちが、青いビニールシートを敷いた観客席で、弁当を食べたりビールを飲んだりしながら聴いているのであった。まさにこの日は業平の歌の大意の通りであった。
    

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  恒例の「桜祭り」 の屋台(上)と 演奏会場(両岸)
          

  花崗岩でできた在原業平のこの歌の歌碑は左岸の公園に建てられており、その前では胡弓など古式の演奏会が開かれていた。

 
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  在原業平の歌碑:「世の中にたえて桜のなかりせば。。。。。」
  

  上流の河原では子供たちが水遊びをしてそれを親たちが食事をしながら見守っていた。


 

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 芦屋川での河原遊び
   

  ということで、昔の小生の記憶には全くなかった「業平(なりひら)大神」なるお宮を探しにいってみた。JR芦屋駅でもらった芦屋市の地図に載っていたからである。ところがそれがなんと民家と民家の隙間にある入口が1.5m幅で奥行10メートルぐらいの面積の小さなお宮さんで、建屋の奥に石造りの祠があるのだが、その中には何が入っているのだか。。。
 
  

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    業平大神

      

  1200年前の色男在原業平もこの地ではここまで落ちぶれたのだ。芦屋市にとって彼は余り御利益がなかったのかもしれない。
   

         

  しかし、現在の芦屋市内には、(高浜)「虚子記念文学館」や「谷崎潤一郎記念館」など素晴らしい文学記念館があり、どこかで在原業平の文学の息遣いが残されているように思われる。この逍遥のあと初めて訪れた虚子記念文学館では恒例の俳句の「句会」なるものが開かれており、男女の喧々諤々の談笑がドアの外にも聞こえていた。
      
  今を時めく村上春樹も精道中学校と神戸高校までは芦屋市に在住であったと聞く。今思い出すと、山と海が近い昔の芦屋の自然にはそれとなく文学的な雰囲気が漂っていたのかもしれない。戦前は谷崎潤一郎の「細雪」の舞台にもなったことだし。阪神淡路大震災後は全く様相が一変して、どこを歩いても味気ない機能的な街並みになってしまっているのだが。
    
         

(森敏)

秘密

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