2015-12-01 15:02 | カテゴリ:未分類

 一昨日(11月29日)上野都美術館講堂で

「コウノトリ保全フォーラム 野生復帰10年、そして新たな旅立ち ~全国へ そして世界へ~」

という集まりがあるという連絡がネットから飛び込んできたので、参加した。

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図1.豊岡での放鳥式:秋篠宮夫妻と(故)河合隼雄文化庁長官

       

10年前2005年9月24日に豊岡の「コウノトリ郷」の野外ケージで飼育馴化されたコウノトリの内の5羽が日本で初めて放鳥された。そのときの放鳥セレモニーに、小生は東京から女房と一緒に鉄道でのこのこと出かけて、3500人の住民と一緒に放鳥の瞬間に立ち会ったことがある。放鳥セレモニーは秋篠宮ご夫妻の立ち会いのもとに行われた。最初の一羽が地表すれすれにゆっくり飛び出し、よたよたと付近の様子を見ながら次第に円を描いて舞い上がる姿はなかなか感動的であった。

    

芦屋市精道中学校の恩師である広井大先生が郷里の出石(いずし)に隠居して住んでおられるので、われわれの豊岡行きはその訪問を兼ねていた。広井先生はこの放鳥行事の数年前まで母校である豊岡高校の校長や市の教育委員会の委員長をされており、このコウノトリの郷の事業の立ち上げに佐竹節夫さん(現NPOコウノトリ湿地ネット代表)と一緒に参加されたと聞いている。そういうこともあって、以前に一度ここを広井先生の紹介で訪れたときには「コウノトリの孵化の苦労や、野外ケージ飼いの細かな苦労話」などを、飼育作業員から直接聞いていたからでもある。

     

今回のこの「コウノトリ保全フォーラム」への参加は、その放鳥後の、様々な関係者のご苦労を間接的に小耳に挟んではいたのだが、今回まとめて聞く機会でもあるので、非常に興味があった。

    

午前10時30分から午後17時過ぎまで、みっちりと、実にまじめに講演が行われた。参加者は250人ばかりで途中退場者はほとんどいなかったと思う。それほど魅力的な濃密な講演会であった。多分参加者の半分以上が動物園や鳥類学会の関係者だったのだろう。

     

日本におけるコウノトリの再生保全の試みは、1971年日本でコウノトリが絶滅に至る前に捕獲したコウノトリの懸命の人工孵化の試みの失敗の連続があったのだが、1988年多摩動物公園での輸入ペアによる人工繁殖の成功を皮切りに、豊岡のコウノトリ郷の放鳥に至るまで、多くの技術的苦難の歴史がある。その放鳥後も、さらにヒトとコウノトリの共生の試みが必要となり、様々な先進的な問題を提起し続けている。例えば新しい環境経済事業(利益を追求する事業により環境が改善される事業)を生み出し、小中学校の環境教育、種の保存など遺伝子レベルの学問も多岐に発展している。コウノトリ郷公園内には兵庫県立大学大学院地域資源マネージメント研究科が2014年4月に開設され、2016年4月から「但馬で、博士になれます」という大学院生の募集を行っている。

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図2.コウノトリのメタ個体群構造の将来像

    

現在福井県越前市、千葉県野田市、韓国の忠南道礼山郡などで放鳥に成功している。豊岡で放鳥されたコウノトリはすでに全国41府県280市町村(若鳥のフローターは青森から奄美大島)にまで飛来している。飼育環境下に96羽、野外に81羽、合計177羽が現存している。韓国のコウノトリが沖永良部島に飛来してGPS通信を絶ったので心配しているとのパク・シリオン国立韓国教員大学校教授の話もあった。逆に豊岡の若鳥が韓国にも飛来し帰還している。

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図3.若鳥の日本全土への放浪例

  

現在の豊岡の環境では80羽が棲息の限界であるようなので、豊岡への定着羽数を増やすためには、耕作放棄田や河川敷を利用したビオトープの再生や、田んぼの冬季湛水、などでコウノトリの食べるドジョウ(なんと一日80匹たべる!)などをさらにふやすこころみが必須である。もちろんもともとコウノトリが絶滅した主因は農薬の使用であるから、減農薬や無農薬の田んぼの生息域を拡大することは必須である。しかし、そのためには農家にもリスクを上回るメリットがなければならない。現在、お米30キログラムの値段(2014年)が通常米で5900円、「コウノトリ育むお米(減農薬)」で7900円、「コウノトリ育むお米(無農薬)」で11000円、と環境に優しいお米は2倍の値段の付加価値が付いて売れている。現に次第に無農薬農法生産者の比率が増えている。さらに今年のミラノ国際万博では大人気の日本館フードコート(7店舗)ではすべての店舗で「コウノトリ育むお米」が全部で24.5トン消費されたとのことである。

    

  野田市ではせっかく放鳥したコウノトリ2羽が野田市やその関東周辺自治体にいまだに定着していないので、それを今後の放鳥に向けてどうするかの苦悩が根本崇市長から述べられた。学際的取り組みが強く求められている。

     

中貝宗治豊岡市長は「豊岡の挑戦」という講演で

「:::::コウノトリ野生復帰事業は、豊岡の自然を舞台に自らの歴史や伝統を見つめ直しながら、コウノトリ保護の上に“自然環境”と“文化環境”の再生・創造を重ね合わせる取り組みであり、豊岡の地に「コウノトリも住める」豊かな風景を創り上げていくことにねらいがあります。その成否は、市民、団体、行政、研究者の共同がどこまでできるかにかかっています。しかし、道半ばです。私たちの挑戦は、これからも続いていきます。」と述べている。実に哲学が感じられるプレゼンテーションであった。地方にはこういう首長がいるということに感動した。
     
(森敏)
追記1:実は昨年だったと思うが、福島県浪江町の内陸部を調査しているときに、普段から放射能の影響で鳥類がほとんど観察されないのに、とつぜん北から南に向かって頭上100メートルくらいの高さで、大型の切羽が黒い鳥が1匹悠々と飛んでいくのを呆然と見つめていた。一瞬「コウノトリか?」 と思ったのだが、「まさか豊岡のコウノトリが福島に?」 と一瞬思ってそのままになっていた。上に示した図3には若鳥のフローターが1羽青森から福島沿岸部を南下したことが記されている。あれはきっとコウノトリだったんだ!
 
追記2:佐竹節夫さんの「ハチゴロウの残したもの」という感動的な講演記録が以下に掲載されている。
http://www.stork.u-hyogo.ac.jp/announce/tp_20110528_satake.php
    
追記3:実に情けない以下のような残酷なニュースが1年半後に載った

ハンター誤射、コウノトリ死ぬ 4月にひなが誕生したばかり 害鳥のサギと間違われ

 島根県雲南市教育委員会は19日、コウノトリ(国の特別天然記念物)の雌の親鳥がハンターの誤射で死んだと発表した。4月にひなが誕生したばかりだった。

 市教委などによると、害鳥の駆除活動をしていた地元猟友会のメンバーが、同日午前、サギと間違って撃ったという。

 兵庫県立コウノトリの郷公園(同県豊岡市)によると、雌は5歳で、豊岡市で生まれた。つがいの雄は福井県越前市で放鳥されていた。今年3月には雲南市教委などが雲南市大東町の田園地帯にある電柱で巣や産卵を確認。4月に少なくとも1羽が誕生していた。

 野生のコウノトリが昭和46年に国内で姿を消して以来、野外での孵化(ふか)は豊岡市周辺などを除くと、徳島県鳴門市に続き2例目だった。

 コウノトリの郷公園の山岸哲園長は「非常に残念に思います。巣立つのを心待ちにしていた地域の皆さまの心中を察します。残されたひなが無事成長することを願ってやみません」とのコメントを出した。

(産経新聞2017年5月20日)

 

 

 

 

 

 

 

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