2015-11-15 05:27 | カテゴリ:未分類

       昨晩「岸朝子 お別れの会」が後楽園球場のある東京ドームホテルの地下「天空」の間で行われた。1000人以上参加していたのではないだろうか。小生は新婚のころから本駒込の、岸さんの家の近くの医学部の教授の家の離れ家に住んでいたうえ、長女の直子さん(現石川県立大教授/東京大学名誉教授)が、大学で同じ研究室で小生が助手になって最初の卒論生であった関係から、何かと朝子さんのお世話になった。

 

      朝子さんは、6年間にわたる料理人のバトルであった日本人なら誰もが知る『料理の鉄人』のテレビ番組審査員を務めて「おいしゅうございます」という名文句を世に残した。このテレビ番組を通して多くのジャンルの料理人を世に紹介した。その番組の司会を務めたアナウンサーが今回もこの「お別れの会」の進行を務めて、フランス料理、中華料理、和食の鉄人を務めた3人(陳建一、服部幸應、道場六三郎)が岸朝子さんをしのびながら壇上で掛け合い漫才をしていた。それを中央の壁に「おいしゅうございます」の文字が書かれた朝子さんの穏やかな遺影が見ているのであった。

 

      参会者では小生の知己がたった4名しかいなかった。そこで今日は本当にのびのびと珍しい料理がたべられると、全部の料理に挑戦することにした。朝子さんは「美味しい料理で賑やかに送って欲しい」と御家族に言われていたということなので。普段のパーテイーではだいたい参加者とのおしゃべりに時間が取られて、せっかくの料理をほとんど食べずに退散することが多いのだが、今回は一つ一つの料理をじっくりと堪能した。その結果、朝子さんの薫陶を受けたというここのホテルのシェフの力を込めた料理に大満足した。

 

      いろいろの分野の発起人の方々のあいさつの後、最後に朝子さんの二男である俊行さんがあいさつをされた。「生前は母には面と向かって言えなかったのですが、わたしは母が大好きでした」ということばがとても印象的でした。朝子さんは長男を4歳の時に無くされているので、俊行さんは一男3女の中で本当にかわいがられたのだろうと思ったことです。

 

      岸朝子さんは皆に愛されながら人生を存分に生き切った人だと思った。お土産袋には 最後の著書

金澤・能登の食遺産「私が最後に伝えたかった金沢の食」 
               岸朝子選 KADOKAWA

 

皆様ありがとうございました お陰様で 
        人生はおいしゅうございました                     
                  平成27年  岸朝子

 

というご本人の世代ごとの遺影入りの絵葉書が入っていた。

  
    

 

(森敏 合掌)

秘密

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